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明けない夜の向こう側 第三章 11 

しばらくして、寝台の上で気づいた陸は、横に置かれた櫂の手に指を伸ばしそっと握った。

「……にいちゃ……おれ、なんでここにいるの……?」

「眠ってしまったんで運んで貰ったんだ。義父さんが、みんなで一緒に食事でもしようと言ったらしいんだが……仕事が入ったみたいだ。気が付いたのなら、向こうの家に帰ろうか」

「そう……久しぶりだったのに、残念だったね……お父さんは忙しくても、郁人のお見舞いも毎日欠かさないし……体を壊さないといいんだけど」

「義父さんなら大丈夫だ。何しろ息子が医者だからな」

「ふふっ、そうだった……」

額に乱れた髪を、そっと指先でなでつけてやりながら、櫂は改めて陸を守ると心の内で誓った。

「陸。折角だから、話をしながら帰ろうか。ふらついたりしないか?」

「歩きだと、結構距離がありますよ。車を出しましょう」

「最近運動不足だから、歩くにはちょうどいい距離です。な?」

「うん」

「食事はどこかで済ませて帰りますから、伝えておいてください」

笹崎の申し出を断って、二人は本宅を後にした。

「ね……にいちゃがおれにしたい話って、郁人の事だろ?」

「ああ、分かっていたのか。陸はどこまで知ってる?」

「うん?……全部」

「え……っ?」

さらりと言った陸は、とんと歩道の段差のある敷石の上に飛び乗った。
驚いた櫂に向かって、陸は幼さの残る顔で、諦めたような優しい笑顔を向けた。

「お父さんも望月先生も、あんなに一生懸命なんだもの……隠したって分かるよ。もういいんだ。郁人におれの腎臓一個あげるって決めたから」

「陸……決めたって……」

「みんな、おれの腎臓が欲しいんだろ?にいちゃも、お父さんにこれまで沢山お金を出してもらったから、断れなくて困ってる……にいちゃがおれを守るために、印南先生と夜遅くまで相談しているのも知ってるよ。だけど、おれは元気だから、一つ郁人にあげてもちゃんと暮らせる。そうでしょう……?おれ、いつ、にいちゃが言い出すのかなって思ってた」

陸はそう言って、何でもないよと笑おうとしたが、涙がこぼれそうになって思わず顔を背けた。

「……ばか。泣くほどつらいくせに、諦めるな。おれは上野にいるときに、陸を幸せにするって決めたんだからな」

櫂は陸を思わず引き寄せた。
いつから知っていたのだろう。静かに微笑むだけの陸が、すでに納得していることを知り哀れで切なくて声が震えた。

「……望月先生は、さっさと手術をしたいんだよ。郁人が普通に暮らせるようにならないと、望月先生はどこにも居場所がなくなるんだ。せっかく好きな奴ができたのに、可哀想だよ。みんなが幸せになれるんだったら、おれはもういいんだ……郁人が元気になるんなら」

腕の中で見上げる陸は、きっぱりと告げた。

「陸……もういいなんて言うな。おれにはいつだって陸が一番だ。郁人の事も義父さんの事も大好きだし、感謝もしているけど、陸が一番大切だ。おれは陸がいたからここまで頑張ってこれたんだ。陸にそんな決心をさせるなんて、おれは駄目な兄貴だ……ごめんな、陸。ずっと一人で悩んで来たんだな」

「ううん……にいちゃがいなかったら、おれは上野でとうに死んでたよ。これまでずっと傍に居てくれて、ほんとの兄ちゃんみたいに大事にしてくれて、ありがと、にいちゃ」

「陸……!」

まるで別れを告げるような陸の言葉に、このまま陸を失ってしまうような気がして、櫂は思わず懐の陸を抱きしめた。
印南教授と密かに進めている事を、早く形にしなければ……。
手はずさえ整えば、すべて上手くいくはずだった。

暮れなずむ街角に、行き交う人はない。
石畳に長く伸びた影は、長い間、一つになったままだった。




本日もお読みいただきありがとうございます。
いじらしい陸……(。´・ω`)ノ(つд・`。)・゚

透析患者さんに話を聞いたり、色々、調べながら書いておりますが、腎臓透析初期の頃の設定なので、あやふやなところも多いです。
なので、あくまでもこのお話はフィクション……という事でお願いします。

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