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明けない夜の向こう側 第三章 7 

鳴澤は大学側と交渉し、病院内の郁人の特別室の隣に透析室を作らせ、個別に看護婦を雇った。郁人に不自由の無いよう、鳴澤家の使用人も常駐させることにした。

いつ起こるかもしれない出血に備えて、鳴澤の会社の社員や、櫂の大学の友人が毎日、郁人の為に輸血してくれることになった。
週に三度、透析治療を受ける郁人の状態は見違えるように良くなり、顔色もよくなった。

やがて郁人は、一人で病院内を散策できるまでに回復した。
周囲は胸をなでおろした。

だが、このままの状態が長く続くはずはないと、印南教授と櫂には分かっていた。
外シャントはおそらく長くはもたないし、役に立たなくなったら新しい造設が必要で、これからも透析が続く限り、場所を変えて繰り返されてゆくだろう。長く透析を続けていると、血管壁ももろくなってくる。
それだけではない。
体内に溜まる毒素と老廃物を外に排出する透析は、腎不全患者にとっては画期的な治療だったが、子供が成長する栄養を奪ってしまう欠点があった。

「いつかは鳴澤さんに、伝えなければならないのだが……どうしたものだろうね」

「義父に伝えるのは、できるだけ早い方が良いと思います。今は、透析によって小康状態が続いていますが、具合が悪くなってから知らせるのは、打つ手がないと告げるようなものですから」

「すでに半年経って、郁人君も透析に慣れたようだし、一度は退院を進めてみようかと思っていたんだ。時期としてはいいかもしれないね。夕方、鳴澤さんが見えたら、わたしの部屋に案内してくれ」

「はい」

印南教授の部屋に、鳴澤は呼ばれ症状の説明を受けた。
透析を続ける以上、もともと小柄な郁人の成長が止まるだろうと、印南教授は訪れた鳴澤に告げた。
当時、まだ透析は保険がきかず大金がかかるため、一般的には長く続けるのは難しい。そのため、副作用は余り知られていなかった。
そのころの郁人は透析をする以外は普通の子供と変わらず、見舞いの度に鳴澤を喜ばせていた。
薔薇色の頬を取り戻した……かに見えた郁人が、父を見つけて嬉し気に名を呼ぶ。

大切な息子の命を取り留めた喜びの後で、重い真実を知らされた鳴澤の顔色は、驚きと悲しみで紙のようになった。

「では……郁人は……どれほど生きるは分からないし……ながらえたとしても……今後、成長することはない……と……」

「そういう事になります。わたしとしては、もっと透析器の精度が上がればと思っていますが、現状では、あまり期待はできないでしょう」

「……郁人は……子供のまま……?それは生きていると言えるのか……?未来が閉ざされているのと同じじゃないか……」

「お義父さん。それでも今は、そうするしかないんです……今後、生きている限り郁人は透析をやめることはできません」

「生きている限り……」

立ち上がって拳を震わせる鳴澤を、何とか座らせた櫂は、見守るしかできない無力な自分を、歯がゆく思った。
一時的に勧めた郁人の退院も、印南教授に見放されたと誤解を与えたようだ。
戦争孤児として施設で暮らす自分を、陸が世話になったからと引き取って大学にまで進学させてくれた義父の大きな背中が震えていた。
櫂は懸命に伝えた。

「透析治療で郁人の生活は、健康な人と殆ど変わりのないものになっています。以前に比べたら顔色もいい。印南先生も僕も、郁人が普通に暮らすのを決して諦めたわけではありません。印南先生は、以前留学していた米国の大学病院にも連絡して、常に良い方法がないか探してくれています。だから、お義父さんも諦めないでください」

陸の事は、義父が関わっているかどうか、まだ直接確かめたわけではないが、鳴澤が決して悪人ではないと櫂にはわかっていた。
鳴澤は、妻と娘を失った深い悲しみの淵で、何とか狂気の深みに転げ落ちないよう風に吹かれている危うい状態だった。
医師から告げられた事実は、血のつながりのある、ただ一人の肉親を襲う余りにも酷な宣告だった。
櫂の慰めにも耳を貸さず、鳴澤は声を絞り出した。

「い……郁人の事をよろしくお願いします……わたしは仕事に戻らなければなりません」

急に老け込んだような鳴澤は、生気なく告げて病院を後にした。




本日もお読みいただきありがとうございます。
子供を思う親の気持ち……辛いね。(´・ω・`)

透析患者さんに話を聞いたり、色々、調べながら書いておりますが、腎臓透析初期の頃の設定なので、あやふやなところも多いです。
なので、あくまでもこのお話はフィクション……という事でお願いします。

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