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明けない夜の向こう側 第三章 5 

櫂が師事する印南教授は、戦前米国へ国費留学をしたほどの優れた医師だった。
米国では親族間の腎臓移植を手掛けたこともあり、日本有数の腎臓病の権威として名をはせ新しい治療方法にも明るかった。
米国にも友人が多く、新しい技術や新薬の情報はいち早く手に入れることができた。

腎臓移植は、重い腎臓病の患者を救う唯一有効な手段だが、日本ではまだあまり一般的ではない。
移植手術をする前段階として、長時間の透析をして、体内の毒素を取り除くことが必要だった。
櫂は鳴澤の父に直接、華桜陰大学医学部に透析機器を導入するよう進言している。

「鳴澤君。広島の貿易会社が、子供用の透析器を手に入れたと言って来たんだ。早く手を打たないと、他の病院に奪われてしまうかもしれない」

「印南教授。思い切って父に相談してみようと思います。今は落ち着いていますが、弟の事もありますから、腎臓外科に透析器があるのは、ぼくも安心です」

「郁人君にとっても、確かに望ましいとは思うが……」

大人用のコルフ型人工腎臓は、国内の大学にも設置されているところはあったが、そのころ子供用のキール型、コルフ型を備えているところはなかった。
櫂は大人と子供の透析機器の違いを、鳴澤に懸命に伝えた。

「大人用の機械だと使えないのかね?大は小を兼ねるというだろう?」

「勿論使えます。ただ、大人用だと一気に毒素が抜けてしまうので、子供の体には負担がかかりすぎるのです。もし、子供用の透析器があれば、重い腎臓病の子供でも透析を受けることでかなり健康的な生活が送れるんです。郁人に透析器が必要になったときの事を考えてみてください」

「わかった。寄付をするよう最上に話をしておこう。貿易会社には、わたしの方から手配しておく」

「ありがとうございます」

皮肉なことに、大学病院で最初に透析器を使ったのは郁人だった。

季節が変わり、春になると同時に、櫂は寮を出て自宅に戻っていたが、そのころ望月医師は件の恋人に夢中で、外出することが多く郁人の事をおざなりにしていた。
郁人にとっては、櫂と陸が傍に居る方が良かったのだろうが、自宅療養はこのころ既に限界を迎えていた。
味のない食事に郁人が泣きごとを言い、陸が宥めて食べさせるのが毎朝の日課だったが、その日の郁人の様子は違っていた。

「櫂お兄さま……あのね……」

「郁人、どうした?真っ青じゃないか……!」

伸ばした腕に、ぐったりと倒れ込んだ郁人の様子は、ただ事ではなかった。

「郁人っ!?」

すぐに脈を取り血圧を測ったが、数値は異状なほど高く、櫂はすぐに血圧降下剤の注射をうったが、がくがくと全身が痙攣し始め、それは波のように繰り返した。
カルテには、ここ数か月の記録がなかった。

「一体、望月先生は何をしていたんだ」

「郁人。しっかりしろ。にいちゃが助けてくれるからな!郁人!」

「陸、大声を出さないで。笹崎さんに郁人を大学病院に運ぶから、すぐに車を回してくれるように頼んできてくれ。それと、最上さんに大至急お義父さんに連絡してくださいと伝えて。おそらくすぐに入院させることになるから」

郁人を抱き上げた櫂を追って、陸が背から声をかけた。

「……にいちゃ。郁人は?郁人は……」

「心配するな。必ず助ける」

「うん」

郁人は華桜陰大学病院に緊急搬送され、そのまま入院した。
友人たちから輸血の提供を受けたが、痙攣は収まらず、むくみも酷く、血圧も高いまま意識喪失の状態が長く続いた。
その後、診察した印南教授から、ネフローゼ症候群の急性憎悪と診断を受け、必死の治療が始まった。
輸血を繰り返し、痙攣を抑える強い薬、血圧降下剤の点滴と、尽くせる手立ては総て尽くしたが、意識は回復しなかった。
知らせを受けて駆け付けた鳴澤は取り乱し、印南教授に縋った。

「金はいくらでも出す!米国の方が医学が進んでいるというのなら、専門の医者を呼んでくれ。言い値で払うから、どうか郁人を助けてくれ。あの子はまだ、ほんの子供なんだ。わたしはまだ何もしてやっていない。あの子まで失ったら……」

「お義父さん。落ち着いてください。印南先生にお任せしましょう」

やがて印南教授は、命を救う手段は透析しかないと決断し、鳴澤も承諾した。




本日もお読みいただきありがとうございます。
郁人が大変です……(; ・`д・´)


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