明けない夜の向こう側 第三章 19 【最終話】
陸が目覚めた時、櫂は傍に居た。
しばらくぼんやりと目をしばたたかせていた陸が、はっと気づいて、必死に櫂に問うた。
「……にいちゃ。郁人は無事なの?手術はどうなったの?」
「大丈夫。お義父さんが傍に居るよ。印南教授の患者さんが下さった腎臓が、郁人のお腹の中でちゃんと働いている。郁人の話を聞いて、使ってくださいって言ってくれたんだ」
「そっか……それで、おれはどこも痛くないんだね。郁人は、うまくいったんだ……良かった」
「陸は自分の事よりも、郁人の事ばっかりだな」
「だって……郁人に何かあったら、お父さんがどんなに悲しむかわからないよ。あんなに大切にしているのに、可哀想だろ?」
思わず、くしゃくしゃと陸の髪をかき混ぜた櫂は、聞いてみた。
「陸には欲しいものは無いのか?お義父さんが、陸にお礼をしたいと言ってたよ」
「欲しいもの?おれには、にいちゃがいるから良いんだ。おれは十分幸せだ」
「そうか。陸はいつも無欲だな」
「あ、そうだ。にいちゃ……目が覚める前、たぶん夜明け前だったと思うんだけど、おれ夢を見たんだよ」
「夢?どんな?」
「会ったことないけど、たぶん……にいちゃの家族の夢。小さな男の子がもんぺを着たお母さんに手を引かれて、おれの前を歩いていたんだ」
とん……と、心臓が跳ねた。
「翔也がいたか?」
「うん。にいちゃに似ていた気がするよ。向こうの方から大きな背嚢を負った……兵隊さんが「おお~い」と手を振っていて「ほら、夜が明けるぞ。君は櫂の所に行くんだろう」って、帰り道を教えてくれたんだ。お母さんが、「さようなら」ってお辞儀をしたから、おれもお辞儀をして、お別れを言ったよ……にいちゃの弟ね……。お父さんとお母さんに手を引かれて、にこにこ笑っていてすごく幸せそうだったよ」
炎に呑まれた母と弟、戦地で散った父に会ったと陸は言う。
「幸せそうだったか。良かった……見えていないだけで、おれの傍にずっと傍に居たのかもしれないな……」
「そうだといいね。おれの母ちゃんも、傍に居ておれのこと見ているかな」
「……ああ、きっとそうだ。陸のお母さんも、陸の事を見守ってくれているよ。目が覚めなければ、郁人のお母さんやお姉さんにも、会えたかもしれないな」
「そっか……おれ、もう少し目が覚めなければよかった。みんなに会いたかったな。惜しかった」
「いつか会えるさ」
ふと、明るくなり始めた窓外に気づいて目をやった。
明け方に見た夢など、単なる睡眠時の脳のいたずらに過ぎないと櫂は知っている。
だが、そこに父母と弟がいたと陸は言った。
……陸の母の姿も見えなかったけれど、話を聞いてじわりと滲んだ瞳の中に、優しく微笑む懐かしい人たちが見えるような気がした。
これまで長い間、明けることのない闇の中に放り出されたような気がしていた。
肉親と別れ、やるせない孤独と悲しみに、もがき苦しみながらただ耐えていたと思っていた。
しかし不幸だけではなかった。
かけがえのない出会いもあった。
夜明け前の一番暗い時は終わりをつげ、眩い朝日が櫂の頭上に降り注ぐ。
明けない夜などないと、今の櫂と陸は知っている。
櫂は陸の手を取った。
「行こう。郁人が待ってる」
「あ、見て。にいちゃ」
光芒一閃。
雲の切れ間から、祝福の天の梯子が輝いていた。
本日もお読みいただきありがとうございます。
やっと着地いたしました。(`・ω・´)
後書きを書きたいと思います。
透析患者さんに話を聞いたり、色々、調べながら書いておりますが、腎臓透析初期の頃の設定なので、あやふやなところも多いです。
なので、あくまでもこのお話はフィクション……という事でお願いします。
※ランキングに参加しております。よろしくお願いします。
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しばらくぼんやりと目をしばたたかせていた陸が、はっと気づいて、必死に櫂に問うた。
「……にいちゃ。郁人は無事なの?手術はどうなったの?」
「大丈夫。お義父さんが傍に居るよ。印南教授の患者さんが下さった腎臓が、郁人のお腹の中でちゃんと働いている。郁人の話を聞いて、使ってくださいって言ってくれたんだ」
「そっか……それで、おれはどこも痛くないんだね。郁人は、うまくいったんだ……良かった」
「陸は自分の事よりも、郁人の事ばっかりだな」
「だって……郁人に何かあったら、お父さんがどんなに悲しむかわからないよ。あんなに大切にしているのに、可哀想だろ?」
思わず、くしゃくしゃと陸の髪をかき混ぜた櫂は、聞いてみた。
「陸には欲しいものは無いのか?お義父さんが、陸にお礼をしたいと言ってたよ」
「欲しいもの?おれには、にいちゃがいるから良いんだ。おれは十分幸せだ」
「そうか。陸はいつも無欲だな」
「あ、そうだ。にいちゃ……目が覚める前、たぶん夜明け前だったと思うんだけど、おれ夢を見たんだよ」
「夢?どんな?」
「会ったことないけど、たぶん……にいちゃの家族の夢。小さな男の子がもんぺを着たお母さんに手を引かれて、おれの前を歩いていたんだ」
とん……と、心臓が跳ねた。
「翔也がいたか?」
「うん。にいちゃに似ていた気がするよ。向こうの方から大きな背嚢を負った……兵隊さんが「おお~い」と手を振っていて「ほら、夜が明けるぞ。君は櫂の所に行くんだろう」って、帰り道を教えてくれたんだ。お母さんが、「さようなら」ってお辞儀をしたから、おれもお辞儀をして、お別れを言ったよ……にいちゃの弟ね……。お父さんとお母さんに手を引かれて、にこにこ笑っていてすごく幸せそうだったよ」
炎に呑まれた母と弟、戦地で散った父に会ったと陸は言う。
「幸せそうだったか。良かった……見えていないだけで、おれの傍にずっと傍に居たのかもしれないな……」
「そうだといいね。おれの母ちゃんも、傍に居ておれのこと見ているかな」
「……ああ、きっとそうだ。陸のお母さんも、陸の事を見守ってくれているよ。目が覚めなければ、郁人のお母さんやお姉さんにも、会えたかもしれないな」
「そっか……おれ、もう少し目が覚めなければよかった。みんなに会いたかったな。惜しかった」
「いつか会えるさ」
ふと、明るくなり始めた窓外に気づいて目をやった。
明け方に見た夢など、単なる睡眠時の脳のいたずらに過ぎないと櫂は知っている。
だが、そこに父母と弟がいたと陸は言った。
……陸の母の姿も見えなかったけれど、話を聞いてじわりと滲んだ瞳の中に、優しく微笑む懐かしい人たちが見えるような気がした。
これまで長い間、明けることのない闇の中に放り出されたような気がしていた。
肉親と別れ、やるせない孤独と悲しみに、もがき苦しみながらただ耐えていたと思っていた。
しかし不幸だけではなかった。
かけがえのない出会いもあった。
夜明け前の一番暗い時は終わりをつげ、眩い朝日が櫂の頭上に降り注ぐ。
明けない夜などないと、今の櫂と陸は知っている。
櫂は陸の手を取った。
「行こう。郁人が待ってる」
「あ、見て。にいちゃ」
光芒一閃。
雲の切れ間から、祝福の天の梯子が輝いていた。
本日もお読みいただきありがとうございます。
やっと着地いたしました。(`・ω・´)
後書きを書きたいと思います。
透析患者さんに話を聞いたり、色々、調べながら書いておりますが、腎臓透析初期の頃の設定なので、あやふやなところも多いです。
なので、あくまでもこのお話はフィクション……という事でお願いします。
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