小説・初恋・13
颯は、すぐさま走り寄ると、白雪と呼ばれた小姓を掬って寝台に放り投げた後、厳命した。
「何もしなくて良いから、今日一日、休んでいろ。」
奏がきつい視線をよこした。
「彼は君が打ったから、熱が出たんだ。」
「見てみろ、かわいそうに。すっかり目が空ろじゃないか。」
「分からないのか?」
「・・・靴下を履かないと、ぼくが授業に遅れる。」
呆れた颯が無言になったのに気が付いた白菊が、懸命に袖を引っ張った。
「湖上さま。」
「どうか奏さまの話を聞いてください。
お願いですから。」
颯は、話を変えた。
「・・・僕に用があると聞いたから、来たんだけど?」
でもその声は、とても冷たい。
「一限目に遅れる。用件は?」
奏は、椅子にかけたまま上体を倒して、颯の顔を覗き込んだ。
「上野博物館に、行ってみないか?」
「上野博物館?
・・・・ああ、内国勧業博覧会か。」
「そう。もし興味があるなら、帰りに建築家のジョサイア・コンドルに会わないか?」
「コンドル?
驚いたな!君にはそんな伝手があるのか。」
颯は、政府に招聘されたコンドルという建築家にとても惹かれていた。
彼の作るものは本格的な西洋建築でありながら、周囲の風景に違和感なく溶け込み、和洋折衷の加減が絶妙だった。
機嫌を直し、嬉々とした表情になった颯を、奏は安堵したような顔で眺めた。
「再来週末、東京の家でコンドルを呼んで夜会を主催するから、君と君の小姓を招待する。」
「夜会って・・・洋装の婦人の同伴が基本なんだろう?」
「僕は、西洋式の踊りが出来ないし・・・でも、コンドルに会いに行きたいな・・・う~・・・」
奏が助け舟を出した。
「では、級友は女性なしでも入れるようにと、執事に言っておきます。」
「喜んで招待を受けるよ、如月。」
話をしている間に、小姓の白菊が靴下を履かせ、靴紐を結んだ。
「コンドルに、別邸の設計をしてもらう手はずになっています。」
「そうか。すごいな。」
ほんの少し、得意げな顔をして、奏の面目は保たれたかに見えた。
「如月。釦は留めないのか?」
「・・・。」
「奏さま、わたくしが。こちらをお向きください。」
颯は白菊が手を貸そうとするのを、無情に制した。
「駄目だ、白菊。」
立場が再び逆転し、先ほどの饒舌から一転、奏は俯いて黙りこくってしまった。
目元が朱を刷いたように、染まってくる。
そのままじっと眺めていれば、おそらく昨夜のようにはらはらと、双眸から涙が零れ落ちただろう。
「何もしなくて良いから、今日一日、休んでいろ。」
奏がきつい視線をよこした。
「彼は君が打ったから、熱が出たんだ。」
「見てみろ、かわいそうに。すっかり目が空ろじゃないか。」
「分からないのか?」
「・・・靴下を履かないと、ぼくが授業に遅れる。」
呆れた颯が無言になったのに気が付いた白菊が、懸命に袖を引っ張った。
「湖上さま。」
「どうか奏さまの話を聞いてください。
お願いですから。」
颯は、話を変えた。
「・・・僕に用があると聞いたから、来たんだけど?」
でもその声は、とても冷たい。
「一限目に遅れる。用件は?」
奏は、椅子にかけたまま上体を倒して、颯の顔を覗き込んだ。
「上野博物館に、行ってみないか?」
「上野博物館?
・・・・ああ、内国勧業博覧会か。」
「そう。もし興味があるなら、帰りに建築家のジョサイア・コンドルに会わないか?」
「コンドル?
驚いたな!君にはそんな伝手があるのか。」
颯は、政府に招聘されたコンドルという建築家にとても惹かれていた。
彼の作るものは本格的な西洋建築でありながら、周囲の風景に違和感なく溶け込み、和洋折衷の加減が絶妙だった。
機嫌を直し、嬉々とした表情になった颯を、奏は安堵したような顔で眺めた。
「再来週末、東京の家でコンドルを呼んで夜会を主催するから、君と君の小姓を招待する。」
「夜会って・・・洋装の婦人の同伴が基本なんだろう?」
「僕は、西洋式の踊りが出来ないし・・・でも、コンドルに会いに行きたいな・・・う~・・・」
奏が助け舟を出した。
「では、級友は女性なしでも入れるようにと、執事に言っておきます。」
「喜んで招待を受けるよ、如月。」
話をしている間に、小姓の白菊が靴下を履かせ、靴紐を結んだ。
「コンドルに、別邸の設計をしてもらう手はずになっています。」
「そうか。すごいな。」
ほんの少し、得意げな顔をして、奏の面目は保たれたかに見えた。
「如月。釦は留めないのか?」
「・・・。」
「奏さま、わたくしが。こちらをお向きください。」
颯は白菊が手を貸そうとするのを、無情に制した。
「駄目だ、白菊。」
立場が再び逆転し、先ほどの饒舌から一転、奏は俯いて黙りこくってしまった。
目元が朱を刷いたように、染まってくる。
そのままじっと眺めていれば、おそらく昨夜のようにはらはらと、双眸から涙が零れ落ちただろう。
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