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小説・初恋・11 

翌朝、顔を合わせた清輝は、目の下にクマをこさえてやつれていた。


「あれからずっと、大変だったんですからね。」


清輝は、奏をなだめすかし涙を拭いてやって髪を梳かし、何とか寝台に放り込んで帰って来たらしい。


「・・・服を緩めたくらいで、あんなに泣くと思わなかったんだ。」


「あれは、一体何だ?」


「世の中には、色々な人種が居るってことでしょうね。

かわいそうに、今朝の如月は目が溶けてるかもしれませんよ。」


「そんなに、泣いたのか。」


「哀れで、抱きしめてやりたいくらいでしたよ。」


「それに、あれは・・・。

シャツの下には、泣くほど見られたくないものがあったんです。」

随分、思わせぶりな言い方をする。


「何だ?見られたくないものって。」


清輝が口ごもった。


「何というか・・・。

あれは・・・おそらく、誰かに付けられた愛噛みの痕です。」


「如月さまは、颯さまに自分の秘密を見られたと、思ったんでしょうね。」


颯は、奏の部屋と違って、むき出しの小机に肘をついた。


「そうだったのか。」


「あの不自然なほど、高いカラーも、痕を隠すためかと。」


「何があったんだろう・・・

見た目は高雅でも、あいつは中身はまるきり・・・征四郎みたいな子供なのに。」

征四郎というのは、4歳になったばかりの颯の一番下の弟だった。


確かに、奏の癇癪はまるで小さな子供の苛立ちと同じようなもののような気がする。


征四郎も乗ろうとした三輪車が、思い通りに漕げないと言って、よく泣いた。


わめいて地団太を踏んだ後、溢れる涙を拭おうともせず、唇をかみ締めて声を殺してうつむいて長い間泣いていた。


どんなに機嫌を取って慰めてやっても、無力な自分に腹が立つのだ。


負けん気が強い分、傷つきやすく脆かった。


「つまり、あれだ。

如月とはそういうつもりで、付き合えばいいということだな。」


「そうですね、征四郎さまを扱うように、優しくしてあげてください。」


颯はため息をついた。


「いや。

なるべく、関わらないことにする・・・」

「見た目は、女性のように華奢で美しいが、中身が野生の猪だなんてごめんだ。」


「いくら何でも、猪だなんて・・・」


清輝は脳裏に象牙細工で精緻に出来た猪を想像して、笑い転げてしまった。


「僕は、やはり聡子さんが良い。」


婚約者が居ながら、うっかり他家の花に見とれたばかりに、仏罰が当たってこんな目にあったに違いないと颯は熱く語った。


「兄上殿。

この件は何卒、我、婚約者殿にはご内密に。」


「言いませんよ。

僕も妹が可愛いですからね。」


清輝の二つ下の妹、聡子は颯の婚約者だった。


「しかし、颯さまがこんな浮気性の冷血漢だなんて知ったら、聡子は泣くでしょうねぇ。


白百合の花のような儚げな美童を、悪鬼のように剥いてしまってさめざめと泣かせたなんて。」


「清輝!人聞きの悪い!」

颯が、清輝にじゃれるように掴みかかった時、扉が叩かれた。


「なんだ・・・?」

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