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小説・初恋・20 

「卒爾ながら、一差し。」


剣の代わりに黒い紫檀の細工の大きな扇子を振って、颯は衆人環視の中、短い剣舞を舞った。


時代は変わり維新の動乱で大きく様変わりしたのは、その場にいる官軍に組した者、誰もが経験済みだった。


流血の中から新しい時代が生まれ、勝利の美酒に酔いながらも、胸の中では無念に倒れた志士の悲哀を思う。


徳富蘇峰の漢詩「京都東山」を朗々と吟詠する清輝の声は広間に響き、楽団の音がいつしか止む・・・


幕末の志士の殉難の嘆きを明治の代に現して、颯は見事に舞い終えた。


男性客の中には、感極まっているものも居た。


そんな記憶を、呼び覚ましたのだろうか。

京都東山   



三十六峰 雲漠漠

洛中洛外 雨紛紛

破とう短褐 來って涙を揮う

秋は冷ややかなり殉難 烈士の墳


<意訳>

東山三十六峰は一面の雲に掩(おお)われてさびしく、京都の町中も、郊外も、雨が降りしきっている。


この雨の中を、破れ笠をかぶり、裾の短い着物をきて、国難に殉じた志士達の墓前に、涙を流してぬかずけば、秋気はことのほか冷々(ひえびえ)と肌に感ずるのである・・・

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