小説・凍える月(オンナノコニナリタイ)・26
「今すぐ、みぃを連れて中央南病院へ来てくれ。急変した。」
「急変?」
脳のでかい血管が切れて、人事不省になったまま二年以上も入院していた、みぃの母親の命が尽きようとしていた。
俺は慌てた。
「みぃくん。ママの病院へ行くよ。」
目を開けずに夢の中で頷くみぃくんを、抱き上げそのままタクシーで飛ばしてきた。
病院の玄関先で、見覚えのあるカメラマンの青年が待ちかねた様子で手を振った。
「松原さん!こっち!」
「間に合ってよかった。どうやら心臓が、停まりそうなんですって。」
病院内の小さなランプを頼りに、脳外科の入院病棟へと駆けた。
「意識が戻らないまま、このまま逝ってしまうかもしれないんで、成瀬さんが呼んだんです。」
「みぃくんとも、これで最期になるかもしれないからって。」
病室から、灯がもれていた。
「みぃ。間に合って良かった。」
成瀬がみぃくんを受け取り、そっと寝台脇の椅子に座らせた。
「ほら、祥子、みぃが来たよ。」
器械につながれた病人は、子どものように小柄で、その顔は驚くほどみぃくんに似ていた。
「祥子、みぃに何か言うんじゃないのか?」
「このまま、逝くのか・・・?」
濃いクマの出来た目もとを見る限り、成瀬はしばらく眠っていないのだろう。
もしかすると、ずっと病院にいたのだろうか。
「ママ?」
小さくつぶやいて、みぃくんは枕元に擦り寄った。
座らせたみぃの頬を、成瀬がずっとこすっていたのだが、やっと意識が醒めてきたみたいだった。
血圧が45になりました、まだ下がってますと、看護師が医師に報告する。
針の太い注射器が、驚くほど華奢な腕に、ぶすりとめりこむように打たれた。
「みぃ・・・ママはいっぱいがんばったんだよ・・・。」
「治ったらみぃと一緒に暮らしたかったんだけど、もう駄目なんだって。」
「ママ・・・」
成瀬が、ぼんやりとしたみぃを、母親の脇に抱き上げた。
「みぃくんが、えっちのお仕事、いやっていったから・・・?」
「違うよ、みぃ。」
「がんばらなかったから?」
充血した目が、傍目にも潤む。
「みぃは、いっぱいがんばったよ。祥子も、がんばったよ・・・」
「でも、駄目なんだよ・・・。」
成瀬の声がいつになく震えたのを、みぃは敏く気が付いたようだった。
みぃくんの、大きな目からふいに涙が溢れ出た。
「おじ・・さん・・・」
「みぃくん、いっぱい、えっちのお仕事する。」
みぃには、たった一人しかいない肉親の死が、直ぐ側に近づいていると分かったようだった。
時々ぐずった自分のせいで、ママが死ぬのだと思ったようだ。
「せんせぇ、ママに、お薬あげて。」
「せんせぇ、ママに、お注射して。」
「ふ・・・ぇっ・・・ママ・・・」
腕を掴んで懸命に揺するみぃくんの姿に、医師が耐え切れず、横を向き鼻をかんだ。
自分で書いてて、哀しくなった箇所です。
子どもって、どうしてこんなに親のこと大好きなんだろう。此花
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