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小説・凍える月(オンナノコニナリタイ)・29 

眠るように亡くなった母親に瓜二つの顔で、みぃくんは健気に涙を拭いた。
元来、男の子は皆、母親に似るのだ。
息子の愁都もそうだった。
妻に似て、笑うと片側の頬にだけ、深い笑窪のできるところまで、そっくりだった。
海広は、特に少女のようだった母親によく似ているような気がする。
男の子にしては白すぎる肌も、茶色の柔らかく細い髪の毛も、男の子だと言うと周囲が驚くほど、繊細な顔の作りは女の子のようだった・・・

葬儀のあと、成瀬は俺達に別れを告げた。
俺よりもよほど愛情に溢れていると思うのに、成瀬は俺にみぃくんを手渡した。

「前に言ったでしょ?」

成瀬は視線をみぃくんに向けたまま話をした。

「俺は、みぃに歯止めが利かなくなるのが、まじで怖いんすよ。」

「腹が膨れている間は良いけど、どんな狼だって腹が空いたら肉を食うのが、本能なんすよねぇ・・・。」

「みぃの全てを欲しがる、好事家のおっさんみたくなりたくないんすよ。」

「俺は、祥子の思い出だけでやっていけますから。」

そう言う成瀬の言葉を、何故額面どおりにしか取れなかったのかと、俺は後に深く後悔することになる。
悲しいほど俺の思考は、余りにも一般的過ぎた。
それは、いつも感じていた。
確かに、成瀬の仕事は子どもに見せて健全とは言い難い。
昔の公営売春施設(吉原や島原)のように、必要悪所は必要なのだと思う。
だが、今はあの仕事場から、みぃくんを遠ざけたい気持ちの方が大きかった。
成瀬は真実いいやつだったが、俺はどこまでも独りよがりな世間体に縛られた自己中だった。
だから、言葉に甘えて成瀬と別れようと思った。

「松原さん。あんたに逢えて、俺は心底良かったと思っているんすよ。」

そんな思いやりのある言葉に、俺は自分が正しいと錯覚してしまったのだ。

「みぃを、お日様の下で育ててやって。」

みぃくんにとって、何が一番大切かとか、何が幸せなことかとか、何も考えずに俺はみぃくんを抱き上げた。
結局、こめかみの皮膚移植手術の前後、しばらく成瀬はみぃくんを預かってくれた。

「まあ、これも一種の祥子への罪滅ぼしみたいなもんすかね。」

忙しいだろうに、俺に気を使わせないようにそう言って、毎日みぃくんを連れて見舞いに来てくれた。
退院後、みぃくんを抱え上げて俺は、成瀬に別れを告げた。
さすがにここから通うには、片道4時間の道のりは遠すぎたから引っ越すことになる。
約束どおり、実家近くに家を借りて、兄貴の仕事を手伝うつもりだった。

「成瀬、連絡先だけでも、教えてくれないか?」

そういう俺に、成瀬は曖昧に頬笑んだだけで、うんとは言わなかった。

「そうですねぇ。
松原さんが再婚する相手が、みぃを嫌ったら引き取りに参上しますよ。」

「俺はしないよ、再婚なんて。」

「じゃあ、そうっすねぇ、必ず見るから、本当に困ったときは、尋ね人欄に新聞広告を出してくれますか。」

本気とも冗談ともつかないように、そんな話を真顔で告げて、俺の前からあっさりと成瀬は消えた。
後日、一方的に伝えた俺の住所宛に、大きなダンボール箱いっぱいのみぃの「えっちのお仕事」の全てが届く。

「それ、なぁに?」

箱を覗いた俺が動揺したのに、みぃは訝しげな目を向けた。
手紙が一緒に入っていたが、慌てて全てまとめて封印し俺は長い間、その存在を忘れていた。


次の春。

みぃくんは、小学生になった。






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