小説・凍える月(オンナノコニナリタイ)・27
もう、手の施しようのないのは、誰の目にも明らかだった。
両足は、紫色に変色している。
「みぃくん。ママはね、もういっぱいがんばったから、痛いお注射はやめてあげようね。」
ちらと、計器を見て医師は酸素マスクを外し、みぃの方にその小さな顔を向けてやった。
「ママの顔、ちゃんと覚えておくんだよ。」
ピーと空気を裂いて、ハートレイトが沢口祥子の心音停止を告げる。
「・・・2時19分、ご臨終です。」
極めて事務的に、脈を確認した医師が時計を眺めて、静かに告げた。
「祥子ぉ・・・ほら、みぃが泣くじゃないか。」
少女のような愛する女性の胸に顔を埋めて、少年のように縋り泣いたのは成瀬だった。
あどけなく半ば開いた口からは、チューブが抜き取られ、生きているように何やらもの言いたげだ。
固く閉じた眦から、一筋涙が伝わったのを俺は認めた。
「みぃくん。ママがさよならって言ってるよ。涙が出るほど悲しいけど、さよならって。」
「ママ、悲しい?」
「きっと、みぃくんのこと大好きだから、悲しくてお別れの涙が出たんだよ。」
俺は、息を引き取った沢口祥子に誓った。
「海広君を、ちゃんと育てます。だから、ぼくに預けてください。」
その後、遺体のエンジェルケア(死後処理)をするために、他人の俺は病室の外へと追いやられたが、みぃと成瀬は病室で見守っていた。
みぃくんは何も言わず、母親の痩せ細った姿を、じっと眺めていたそうだ。
大好きだったママの大きなおっぱいが、見る影もなくしぼんで小さくなっている。
それを涙ぐんで眺めるみぃに、かける言葉がなくて、俺の胸が痛かったすよ、と成瀬が後でこっそり打ち明けた。
どんな時も死体は、この上なくよそよそしいのだ。
組まれた指さえ、蝋細工の作り物のように、触れようとするものを拒絶する。
俺が呼ばれて病室に入ったとき、彼女はこけた頬に含み綿を入れ、髪を綺麗に撫でつけられ、成瀬が持参した白いワンピースを着せられていた。
みぃの母親、沢口祥子は、訪れた王子が思わずキスをしたグリムの白雪姫のように、美しい少女の姿で眠っていた。
若くしてみぃを生んだ母親は、まだ27歳になったばかりだったそうだ。
最愛の乳房と、たった一人の肉親を失って、その日からみぃは天涯孤独になった。
人は死んでしまうと、綺麗な思い出になります。
綺麗な思い出だけを糧に、生きてゆける程世の中甘くないから哀しいです・・・
此花
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両足は、紫色に変色している。
「みぃくん。ママはね、もういっぱいがんばったから、痛いお注射はやめてあげようね。」
ちらと、計器を見て医師は酸素マスクを外し、みぃの方にその小さな顔を向けてやった。
「ママの顔、ちゃんと覚えておくんだよ。」
ピーと空気を裂いて、ハートレイトが沢口祥子の心音停止を告げる。
「・・・2時19分、ご臨終です。」
極めて事務的に、脈を確認した医師が時計を眺めて、静かに告げた。
「祥子ぉ・・・ほら、みぃが泣くじゃないか。」
少女のような愛する女性の胸に顔を埋めて、少年のように縋り泣いたのは成瀬だった。
あどけなく半ば開いた口からは、チューブが抜き取られ、生きているように何やらもの言いたげだ。
固く閉じた眦から、一筋涙が伝わったのを俺は認めた。
「みぃくん。ママがさよならって言ってるよ。涙が出るほど悲しいけど、さよならって。」
「ママ、悲しい?」
「きっと、みぃくんのこと大好きだから、悲しくてお別れの涙が出たんだよ。」
俺は、息を引き取った沢口祥子に誓った。
「海広君を、ちゃんと育てます。だから、ぼくに預けてください。」
その後、遺体のエンジェルケア(死後処理)をするために、他人の俺は病室の外へと追いやられたが、みぃと成瀬は病室で見守っていた。
みぃくんは何も言わず、母親の痩せ細った姿を、じっと眺めていたそうだ。
大好きだったママの大きなおっぱいが、見る影もなくしぼんで小さくなっている。
それを涙ぐんで眺めるみぃに、かける言葉がなくて、俺の胸が痛かったすよ、と成瀬が後でこっそり打ち明けた。
どんな時も死体は、この上なくよそよそしいのだ。
組まれた指さえ、蝋細工の作り物のように、触れようとするものを拒絶する。
俺が呼ばれて病室に入ったとき、彼女はこけた頬に含み綿を入れ、髪を綺麗に撫でつけられ、成瀬が持参した白いワンピースを着せられていた。
みぃの母親、沢口祥子は、訪れた王子が思わずキスをしたグリムの白雪姫のように、美しい少女の姿で眠っていた。
若くしてみぃを生んだ母親は、まだ27歳になったばかりだったそうだ。
最愛の乳房と、たった一人の肉親を失って、その日からみぃは天涯孤独になった。
人は死んでしまうと、綺麗な思い出になります。
綺麗な思い出だけを糧に、生きてゆける程世の中甘くないから哀しいです・・・
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