【長月の夢喰い(獏)・8】
獏(ばく):体は熊、鼻は象、目は犀、尾は牛、脚は虎にそれぞれ似ているとされるが、その昔に神が動物を創造した際に、余った半端物を用いて獏を創造したためと言われている。
人の悪夢を喰う。
※残酷な表現があります。苦手な方は以下をお読みにならないで下さい。
<前回までのあらすじ>
勘定吟味役の父親が、背後からの刀傷で憤死するという不名誉な出来事から、早6年の時が過ぎた。
武士にあるまじき死とそしりを受け、お家はあえなく断絶となり、幼い兄弟達は行方知れずになっていた。
今は、瀬良家縁の菩提寺に、髪を下ろした妻女が粗末な庵を開いて菩提を弔って居ると言う。
兄弟の所在を聞いても尼は口をつぐみ、父の死に際してまだ前髪の兄が、弟達の手を引いて城代家老にお家存続を涙ながらに言上した話も、ただの孝行ものの哀れな美談で終っていた。
当時、誰も彼等の力になるものは無く、行方不明の兄弟を思いやる家中の者も居なかった。
たまに見目良い兄弟が、生きていればどのように凛々しく美々しい若者になっていただろうかと、女共の口に上るくらいのことである。
悲しみのあまり故郷を出奔したとも、遠縁を頼り西国に行ったとも言われていた。
だが実は、残された遺書によって、父の死が仕組まれたものと知った彼等は密かに仇を討っていた。
兄弟は今は、芝居小屋に身をよせ弥一郎は、座付き作家、笹目は、当代一の花形女形、月華は子役となっている。
*――-――*――-――*――-――*――-――*――-――*――-――*――-――*
「ふははは・・・・」
地獄の鬼が空気をびりと震わせて、笑った。
坂崎采女の執拗な責めの余りの酷さに、家中の小者達は怖じてとうに逃げ出していた。
格子部屋に居るのは、物言わぬ月華と弥一郎、城代家老坂崎采女の三人だけになっていた。
坂崎は弥一郎に執着していたが、やがてひくっと何かが喉に詰まるような音を立てて、どっと倒れこんだ。
月華の針には笹目の手に入れた南蛮渡りの毒が塗られ、もし急所を外した後でもじわじわと回るようになっていた。
針は深くはさせなかったが、少しは効き目があったようだ。
がくりと頭を垂れ今や命の残り火も僅かな瀬良弥一郎の股間に、鬼は這い寄ると、残された渾身の力を込めて刃を突き立てた。
かっと見開いた弥一郎の頬に、つと・・・一筋の血涙が流れた。
「ゆ・・・許せ、ささ・・・め・・・。」
兄は、果たせぬ仇討ちと先に逝かねばならない空しさと、幼い月華をみすみす死なせた事を、残る義弟に詫びた。
「わしを裏切って殿のもとへと走った罰じゃ・・・これで、もう殿とそなたは情を交わすことも敵わぬ。ふははは・・・」
肉片を摘み上げた鬼の狂気の高笑いが屋敷に響き、家人が驚いて奥の部屋へ駆けつけた時、幼い童子と若い男は血の海に事切れていた。
口角に泡を飛ばし、焦点の合わぬ目で忠行、忠行・・・と口走り、血濡れた亡骸を抱きしめたまま、幽鬼のようになった城代家老は、そのまま幽閉された。
芝居小屋の子役と、座付き脚本家が何の因果か手討ちに遭ったと、数日後、瓦版が飛ぶように売れることになる。
「乱心じゃ!城代さま、急な病にてご乱心ーーーっ!」
早馬が引かれ、城へと駆けた。
真実は深く屋敷内に隠蔽され、白日の下に晒されることはなかった。
元はといえば、瀬良忠行への歪んだ劣情が悋気となり、坂崎采女は道を踏み外した。
瀬良忠行は、主家への情ではなく、ただ禄を食むお家のために良かれと動いたに過ぎなかったのに、坂崎は嫉妬で身を焼いたのだ。
瀬良忠行がとった行動、それは武士(もののふ)の道、すなわち正しい武士道であった。
そして、思いを残して倒れた親の敵を討つのもまた、忠義、忠孝を説く残酷な正しい武士道の教えであった。
深い森で啼く鵺の声に導かれるように、瀬良弥一郎の魂は、彼岸で待つ愛おしい弟の下へとひた走った。
紅い死人花が、足元にまっすぐに道標を作り、愛おしい弟月華の行く先を教えてくれた。
『月華、こっちじゃ。』
月華は見慣れぬ風景に戸惑いながら、ゆっくりと自分を呼ぶ声の主を探した。
両手を広げて川岸で月華を待つのは、未だあの世とこの世の境目で迷っていた父、瀬良忠行の姿だった。
『なんとも、よい子じゃなぁ。無念が晴れたおかげで、父もやっとあの世への道が見えたぞ。』
『父上・・・?ち、父上ーーーっ、ああーーん・・・っ・・・』
『よしよし、そら、泣くでない。兄上もあちらに参った。』
父と大好きな長兄に手を引かれ、月華は死人花の咲く道を跳ねて下る。
丸く白いおびただしいしゃれこうべを、一つ飛ばしに踏みながら、月華は顔を見上げて艶やかな花の笑顔を浮かべた。
行く先がどのような地獄でも、人の世でみた地獄に比べれば容易いと月華は思う。
『父上、兄上と、月華はずうっとご一緒。』
『そうとも。さ、にいさまが肩車をしてやろう。』
『きゃあ。』
『笹目にいさまが、お独りお残りなのは可哀想だけれど、月華はこうして弥一郎にいさまを独り占めしてしまいます。』
幼い弟は、きゅと大好きな上の兄にしがみ付いていた。
『さあ、月華。大願かなった今は、そなたの元服の祝いを致そうな。』
『弥一郎にいさま、月華のことはよいのです・・・。それよりも、にいさまのお大切なものが、憎い城代に羅切りされておしまいになったのがお労しい・・・』
『大事無い、心配には及ばぬ。月華の腕も、渡しの辺りで元通りになったであろ?』
『あい。嬉しや、この通り元通りになりました。』
頬を染めた弟の落とした紅い毬が、ころころとどこまでも暗い坂道を下っていった。
ああ・・・なるべく控えめな表現にしようと思っていました。
それでも、どうしても苦手な方は、申し訳ありません。目を瞑ってお通りください。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。次話が瀬良兄弟仇討譚の最終回となります。 此花
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こちらで使用させていただいている美麗挿絵(イラスト)は、BL観潮楼さま・秋企画参加のみのフリー絵です、それ以外の持ち出しは厳禁となっております。著作権は各絵師様に所属します。
(pioさま鼻血ぷぷっの美麗イラストお借りいたしました。ありがとうございました。きゅんきゅんの和風綺麗お子さま達です~~!時代物好きなので嬉しいです。色々、鬼畜な目にあわせてしまってごめんなさい。あんなことやこんなことや・・・ごめんなさい・・・
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