長月の夢喰い(獏)・5
獏(ばく):体は熊、鼻は象、目は犀、尾は牛、脚は虎にそれぞれ似ているとされるが、その昔に神が動物を創造した際に、余った半端物を用いて獏を創造したためと言われている。
人の悪夢を喰う。
<前回までのあらすじ>
勘定吟味役の父親が、背後からの刀傷で憤死するという不名誉な出来事から、早6年の時が過ぎた。
武士にあるまじき死とそしりを受け、お家はあえなく断絶となり、幼い兄弟達は行方知れずになっていた。
今は、瀬良家縁の菩提寺に、髪を下ろした妻女が粗末な庵を開いて菩提を弔って居ると言う。
兄弟の所在を聞いても尼は口をつぐみ、父の死に際してまだ前髪の兄が、弟達の手を引いて城代家老にお家存続を涙ながらに言上した話も、ただの孝行ものの哀れな美談で終っていた。
当時、誰も彼等の力になるものは無く、行方不明の兄弟を思いやる家中の者も居なかった。
たまに見目良い兄弟が、生きていればどのように凛々しく美々しい若者になっていただろうかと、女共の口に上るくらいのことである。
悲しみのあまり故郷を出奔したとも、遠縁を頼り西国に行ったとも言われていた。
だが実は、残された遺書によって、父の死が仕組まれたものと知った彼等は密かに仇を討っていた。
兄弟は今は、芝居小屋に身をよせ弥一郎は、座付き作家、笹目は、当代一の花形女形、月華は子役となっている。
*――-――*――-――*――-――*――-――*――-――*――-――*――-――*
暗い森で、ヒョーヨと鵺(トラツグミ)が啼く。
行灯の影が、なまめかしく溶けた影を揺らしていた。
「はっ・・・はっ・・・弥一・・朗さまっ。ああっ・・・ああ・・・っ」
深まる秋の深夜の空気まで、とろりと淀ませて、ならぬ逢瀬を貪る二人だった。
「静殿、弥一郎には昔からずっとそなただけじゃ。一日たりとも忘れたことなどなかった。」
「う・・・嬉し・・い、弥一郎さ、まぁ・・・」
腰を抱きこみ、柔肌の紅い粒を強く吸う。
「愛おしい、静・・・みな、わたしのものじゃ。」
身体中のあちこちに紅い花弁が散り、婚礼前の過去の思い人は胸に縋り密やかに吐息を零した。
「ずっと・・・ずっと、静は弥一郎さまと・・・こうなりたかったのです・・・ああぁ・・・」
ゆるゆるとしどけなくほどけて行く、かつての恋人の身体は今や熟れ切って、弥一郎は意に反して溺れていた。
「いっそ、お静どのを連れて参りたいと、出奔のときも幾度思ったやも知れぬ。お静殿、わたしの・・・静。」
半身を求め合うように、互いを奪う二人の時間はあっという間に過ぎる。
白々と外が明るくなった頃、怒張をそのまま思い人の中にきつく埋め込んで、弥一郎はついにお静の中に万感の思いを込めて白い精を放った。
「ああ・・・、とうとう明烏が啼いたな。追っ手も早、ここまで来たか。」
※明烏:男女の交情の夢を破る、つれないものの意味
懐にまどろむ愛しい娘は、瀬良兄弟の最後の仇敵、城代家老、坂崎采女の息女であった。
汗ばむ素肌に、切なくも激しい情欲の痕が点々と散っていた。
ばたばたと次々に襖を開け放つ、音がする。
数人の手勢を連れて、久々の城代家老、坂崎との対面であった。
「あっ!父上っ・・・」
思わずすくみ顔を隠す、しどけない様子の娘の恰好に、一時に血が上った坂崎はいきなり鯉口を切り、弥一郎に斬りかかった。
さすがに、城代家老も心陰流免許皆伝である。
その切っ先は、真っ直ぐに弥一郎の喉元(急所)を突いて来た。
咄嗟に差料で一太刀受けた弥一郎は、羽二重の蒲団に足をとられ、どっと転がり不覚を取った。
数人に切っ先を突きつけられ、もはやこれまでと、差料を傍らへと置いた。
「待て!殺すでない!」
城代の厳しい声が飛んだ。
「殺す前に、ゆっくりと話を聞いてやろう。この坂崎の娘を手篭めにした代金は高くつくぞ、瀬良弥一郎っ!」
「骨の髄まで、仕置きしてくれるわっ。」
きりきりと縄目を受けて城代の屋敷へと引き立てられてゆく、弥一郎の姿に袖は思わず悲鳴を上げた。
父の恐ろしさは十分に分かっていた。
過去に心から慕っていた弥一郎と引き離されたとき、父は言ったのだった。
「正義はわしの胸三寸にある。静、小童のことは諦めろ。今は泳がせておくが今度城下に舞い戻ったときは、瀬良の子せがれ共の命は貰う。」
「いやーーーっ・・・弥一郎さまーーーっ・・・」
恐ろしい想像に、静の精神は揺れた。
6年前。
強い日差しのもと、父の遺骸がじっと腐乱してゆくのを耐えていた弥一郎の姿をそっと覗き見、卒倒した静であった。
高札の元で晒され崩れてゆく、弥一郎の美しい顔を見たくはなかった。
「心配には、及ばぬ。静殿、しばしの別れじゃ。」
引き立てられてゆく弥一郎は、静の悲鳴を背中で聞き、優しい気休めを呟いた。
最早、この娘と今生で逢うことは敵うまいと、悟っていた。
引き立てられてゆく兄上・・・一体どんな目に遭うのでしょう。「骨の髄まで仕置き」って怖い台詞です。
此花市場200パーセントアップ(当社比)で頑張ります。だから、市場がしょぼいって。
・・・仇討は何も生まず、悲しみの連鎖でしかありません。背景にある武士道は、禁欲的で残酷です。 此花
にほんブログ村
にほんブログ村
こちらで使用させていただいている美麗挿絵(イラスト)は、BL観潮楼さま・秋企画参加のみのフリー絵です、それ以外の持ち出しは厳禁となっております。著作権は各絵師様に所属します。
(pioさま鼻血ぷぷっの美麗イラストお借りいたしました。ありがとうございました。男前の和風綺麗お子さま達です~~!時代物好きなので嬉しいです。眼福、眼福♪
- 関連記事
-
- 【狂おしい秋・学園の狂騒・12】 (2010/10/10)
- 【長月の夢喰い(獏)・8】 (2010/10/10)
- 【狂おしい秋・学園の狂騒・11】 (2010/10/09)
- 【長月の夢喰い(獏)・7】 (2010/10/09)
- 【狂おしい秋・学園の狂騒・10】 (2010/10/08)
- 【長月の夢喰い(獏)・6】 (2010/10/08)
- 【狂おしい秋・学園の狂騒・9】 (2010/10/07)
- 長月の夢喰い(獏)・5 (2010/10/07)
- 【狂おしい秋・学園の狂騒・8】 (2010/10/06)
- 長月の夢喰い(獏)・4 (2010/10/06)
- 【狂おしい秋・学園の狂騒・7】 (2010/10/05)
- 長月の夢喰い(獏)・3 (2010/10/05)
- 【狂おしい秋・学園の狂騒・6】 (2010/10/04)
- 長月の夢喰い(獏)・2 (2010/10/04)
- 長月の夢喰い(獏)・1 (2010/10/03)