【長月の夢喰い(獏)・9】 最終話
獏(ばく):体は熊、鼻は象、目は犀、尾は牛、脚は虎にそれぞれ似ているとされるが、その昔に神が動物を創造した際に、余った半端物を用いて獏を創造したためと言われている。
人の悪夢を喰う。
<前回までのあらすじ>
勘定吟味役の父親が、背後からの刀傷で憤死するという不名誉な出来事から、早6年の時が過ぎた。
武士にあるまじき死とそしりを受け、お家はあえなく断絶となり、幼い兄弟達は行方知れずになっていた。
今は、瀬良家縁の菩提寺に、髪を下ろした妻女が粗末な庵を開いて菩提を弔って居ると言う。
兄弟の所在を聞いても尼は口をつぐみ、父の死に際してまだ前髪の兄が、弟達の手を引いて城代家老にお家存続を涙ながらに言上した話も、ただの孝行ものの哀れな美談で終っていた。
当時、誰も彼等の力になるものは無く、行方不明の兄弟を思いやる家中の者も居なかった。
たまに見目良い兄弟が、生きていればどのように凛々しく美々しい若者になっていただろうかと、女共の口に上るくらいのことである。
悲しみのあまり故郷を出奔したとも、遠縁を頼り西国に行ったとも言われていた。
だが実は、残された遺書によって、父の死が仕組まれたものと知った彼等は密かに仇を討っていた。
兄弟は今は、芝居小屋に身をよせ弥一郎は、座付き作家、笹目は、当代一の花形女形、月華は子役となっている。
*――-――*――-――*――-――*――-――*――-――*――-――*――-――*
吉沢笹目が、芝居小屋に暇を告げたのは、それからしばらく後のことだった。
江戸一番の女形は、不幸にも亡くなった兄弟の菩提を弔うために、得度して僧形となった。
仇討の終了を告げに義母の庵を訪ねたが、既に義母も胸を突いて事切れており、武家の妻女らしく倒れても膝が崩れぬようにきちんと二箇所細い紐で縛めてあったのはさすがであった。
「とうとう・・・。」
独りになってしまった・・・と、笹目は頬を濡らし、亡きものたちに向かって拗ねた。
「兄上。酷いじゃありませんか。何故、笹目もお連れ下さらなかったのです。」
「許せ、笹目。」と、兄がから・・・と笑って言った気がする。
長月の長い悪夢のような日々がやっと終わり5柱(義母、父、母、義兄、弟)の菩提を弔うのは、自分しか居なかった。
怜悧な美貌を墨染めの衣に包んで、旅の僧は12年の旅を終え、やっと粗末な庵へと帰って来た。
元々、粗末な庵ゆえ草に埋もれているやも知れぬ、帰ったら掃除から始めねばならぬ、いやいや、庵など朽ち果てて形跡すらないやも知れぬ・・・ふと、足が止まった。
ぱたぱたと花鉢を抱え、走り出てきた前髪姿の童に言葉を失った。
笹目が瀬良の家に養子に入った頃の、13の義兄の姿がそのままそこにあった。
「なんと・・・弥一郎兄さま・・・?」
「あなたは、どなたですか?わたくしは、この庵で後見人を待っているのです。」
「そなた、父上の名は?母上の名は?・・・ああ、すまぬ、動転してしまったようだ。」
父の名は、瀬良弥一郎、母の名は、坂崎静と、申しますと、涼やかな瞳の少年が答えた。
「長年の濡れ衣と曲解が晴れ、大殿さまからのお言葉もあって、瀬良家再興が叶いました。」
「わたくしは、まだ元服前ですので、笹目叔父上様のお帰りをずっと待って居ったのです。」
妙齢の婦人が、笹目に向かって頭を下げた。
「弥一郎さまの忘れ形見でございます。」
「これは・・・静殿。では、過日の。」
眼前の少年が残された笹目の全ての憂さを払い、一片の希望となった。
「兄上、長月の獏は悪夢を食い尽くしたようです。もう、鵺も啼きますまい。」
胸に抱いた、兄と弟の位牌に話しかけるとかたと嬉しげに震えた。
笹目はそのまま還俗して、再び武士となり瀬良家嫡男の後見をすることになった。
静の語るところによると、狂人となった坂崎采女は、あのまま屋敷の奥で朽ち果てるしかなかったという。
側用人が、余りにむごい遺体を見ないほうがいいと言って、静は結局愛する人の遺体の傍にも寄れなかった。
父がどれほどの無体を働いたのかと思うと、愛しい人に詫びる言葉もなかった。
落胆の日々、悲しみに打ちひしがれて空しく日々を重ねていた静は、やがて腹に恋しい人の残した命が芽吹き、宿ったのを知る。
静は、心穏やかに独り子を生み、父の呟く言葉を書き連ねた訴状をしたためた。
瀬良忠行の死は、全て城代家老坂崎采女と、その配下によって仕組まれたことであったと。
それが、残されたものの勤めだと思った。
「そなた、名は?」
「瀬良月弥(つきや)にございます。叔父上。」
愛するものの顔で慕う幼子に、笹目の双眸が濡れた。
思わず天を仰ぎ、目に見えぬ配剤に感謝した。
「月華、弥一郎・・・兄上。」
浮世に一人残された鬼が、ふる・・・と身を捩り啼いた。
「やっと、終りましたな・・・。」
完
長かった仇討がやっと終りました。これも一つの終着点と思っていただければ幸いです。
加虐描写もありましたのでせめて、読後感だけでも納得いただけたらと思いました。
たくさんのイラストを快くお貸しくださってありがとうございました。
観潮楼さまの夏企画、chobonさま&pioさまの「坊主と稚児」をお貸しいただいたおかげで、拙作に思わぬ色を添えてくださいました。観潮朗さま、わがままお聞きくださってありがとうございました。
絵師様にも重ねて感謝いたします。 此花
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こちらで使用させていただいている美麗挿絵(イラスト)は、BL観潮楼さま・秋企画参加のみのフリー絵です、それ以外の持ち出しは厳禁となっております。著作権は各絵師様に所属します。
(pioさまカロリーハーフ・chobonさま鼻血ぷぷっの美麗イラストお借りいたしました。ありがとうございました。きゅんきゅんの和風綺麗お子さま達です~~!時代物好きなので嬉しいです。色々、鬼畜な目にあわせてしまってごめんなさい。あんなことやこんなことや・・・ごめんなさい・・・楽しかった~!あ、本音が。
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