一片(ひとひら)の雪が舞う夏に 9
真っ白に霞む雪原に、ちびの雪男と源七郎という奴が見えた。
雪だまりを真っ赤に染めて、雪男の思い人が重傷を負い倒れ込んでいた。頬を濡らす涙も凍る寒さの中で、雪男も足に銃弾を受けて動けなくなっていた。
それでも健気に役目を果たし、源七郎という隊長を励ましているようだ。
「源七郎さま、傷は浅うございます。わたくしの肩につかまって一先ず、退却いたしましょう。残った他の者も、ご一緒致します。」
腰から大量の血を流してはいたが、寒さが痛みを麻痺させて意識はしっかりしていた。源七郎は、傷を負った雪男に最早これまでと脇差を渡した。先祖伝来の、こしらえの見事な細身の刀だった。
「この重傷では、自力で城へ戻ることも叶い難い。敵方に首級を渡すのは尚更口惜しい。頼む。疾く(とく)、この細首を取ってくれ。」
「いやです!共に戦うと約束したではありませんか。源七郎さま。どこまでも一緒いたします。」
必死に縋る雪男に、年上の源七郎は因果を含めた。
「今は動けるものだけでも城へ帰り、もう一度作戦を立て直すのが肝要。このように、大怪我を負っての敗走は足手まといだ。直に、敵方が攻めてくる。今は、撤退するしかないとわかるな?」
無言でいやいやと頭を振る雪男に、源七郎という隊長は問答はこれまでだ、これは命令である、と、厳しく告げた。そして…凍えて強張った手で、一緒に行くと泣く愛おしい念弟の頬を包み込んだ。眉も睫毛も凍り付いて、白く雪の結晶が舞う。源七郎はかすかに微笑むと、冷えて真っ白になった雪男の耳に、そっと思いを打ち明けた。
「忘れぬ!そなたのことはかまえて忘れぬ…、この花のかんばせも、ぬば玉の黒髪も…。みな、わたしのものだ。幼い日からこれまで…そなただけがこの源七郎の生涯唯一の愛おしいものだった。さあ…。最後に敵の辱めを受けぬよう、この首を貰ってくれ。死しても共にいようぞ。」
ぐいと襟を広げ、首を差し出した。
「さあ。疾く疾く!」
「源七郎さまーーーーっ!お覚悟!」
降りしきる雪の中で白刃を振り上げ、雪男は大切な人の首を落とした。凍える手では一度では落せず、二度三度と返り血を浴びて朱に染まりながら、雪男はきりりと唇を一文字に引き結び、刀を振るった。ちびの雪男の人生は、壮絶だった。
事切れた源七郎の上着を脱がせると、落とした頭を包み、たすきを解き荷のようにした。万感を込めて、一度しっかりとふところに抱きしめた。そして、傍に待つ手傷を負っていない副隊長に首を預けると、深々と頭を下げた。
「どうか、城代様と母上にわたしの働きをお伝えください。わたしは懸命に働きましたが、手傷を負ったので、足手まといにならぬようにこの場に残ります。この上は隊長の御遺骸をお守りして皆様の撤退のお手伝いをいたします。這ってでも、敵方を撃ちます。」
おれはちびで桃太郎の雪男…が、源七郎の言葉を聞いて、その場を立ち去るのだと思って居たがそうではなかった。
傷を負った雪男は、その場を動かなかった。…正しくは動けなかった。
ミニエー銃を杖代わりに這いずさり、道標を背に「方々、お行き下さい!」と叫んだ。
いつしか眺めているおれは、感情移入してしまって大洪水だ。
事実は小説より奇なり。
ドキュメンタリーは、どこまでも真実のみを伝える。
チャンネルは、そのまま。
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