一片(ひとひら)の雪が舞う夏に 7
長い髪はまっすぐで艶やか、烏の濡れ羽色という風だ。細く白い指が、はらりと額に落ちた一筋の束を指で掬って、優雅な仕草で耳に掛けた。
備わった気品というか、清廉とした佇まいはやはりどこか古風で侍のように見える。再放送の時代劇と大河くらいしか知らないけど…。
安物の俺のパイルのガウンが、上等のシルクに見えるのは、きっと中身の出来が良いせいだな。
「なあ…、雪男、触ってもい…じゃなくてさ、おまえどこから来たんだ。」
「…北。」
「そりゃあ、そうだろうよ。南国生まれの雪男なんて、聞いたことがない。そうじゃなくってさ。」
「絶命の際、自ら転生を拒み、水が温めば地に還るものになった。人の世の無常に疲れ果て、生まれ変わるならそういうものになりたかった。遠い昔に我が望んだのだが、人とこうして親しく話すのは、ずいぶん久しい。お前は、温かいな。傍にいると、ずいぶん昔に無くした者を思い出す。」
鈍い俺でも、温かいのは体温じゃないとわかる。この寂しい雪男は、人恋しい目をしていた。ずっと一人だったのだろうか。
一人で、流れる季節の中を漂うようにして結晶したり溶けたりしてきたのだろう。
「雪男は生まれた時から、雪男なわけじゃないんだな?聞いてもいいか?」
「…元々は、士分だ。事切れる前、次の世に生まれるなら雪になりたいと我が望んで、神仙女王が願いを聞き届けた。」
「神仙女王って、何もの?」
雪男はそれには答えず、ふふっ…と柔かく声をあげた。
「古代では、木花之佐久夜毘売と…西洋風にいうならフェアリークイーン…といった方が、分かりやすいか?あの方は幾つもの名前をお持ちらしい。」
おお~…妖精。フェアリークイーンと聞けば何となく分かる。雪男は話を止めて俺の手に触れた。
冷たい手だが、氷のように冷たくはない。雪男の言葉を借りれば温んで居るという事なのだろうか。
脳内に直接、訴えているのか映像がまぶたに浮かぶ。こちらに向かって手を振る少年は、雪男の面差しだった。
雪男の話と過去を知り、後で俺は酷く後悔する。能天気に生きている俺の馬鹿…と自分に悪態を吐きたくなるような壮絶な人生がそこにあった。
雪男がまだ人間だったころの、記憶の欠片が臨場感あふれる3D映画のようにその場に拡がってゆく。
*******
山々に囲まれた、小さな城下町のようだ。
いつの時代だろう。
俺の乏しい知識だと理解不能なんだろうが、雪男が俺にも理解できるようにわかりやすく補てんしているのか何となく伝わって来る気がする。
場所は田舎で、雪深い場所だった。
驚くほどの薄着の少年たちが、わらわらと寺のような建物から大勢飛び出てくる。口々に出てくるのは、「やった!」「良かった!、いよいよ出陣だ!」と歓喜の声だ。
少し前にテレビの民放で、歌って踊れる美少年が悲運の白虎隊を演じていたのが、何となく記憶に残っていた場面に似ている気がする。
同じではないが、動乱に揺れていた過去の雪深い国に、こんな話は山と有ったのかもしれない。
視点は雪の降る中、一軒の家の中に入ってゆく。
ズームイン!
(°∇°;) 「木花之佐久夜毘売…コノハナサクヤヒメ…って。お前、思いっきり名前負けだな。」
ヾ(。`Д´。)ノ「うるさいわ~~!!」←自覚してたり・・・
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