夢見るアンドロイドAU 5
成功を妬むものは、彼の成功の影にはマフィアの存在があると、半ば本気で噂をしたし、本人に勇気を出して聞いたものは、八角眼鏡の奥の笑っていない凍った眼光に肩をすくめた。
才能一つでここまでのし上がる為に、身体を張ったなどという成功者に当たり前の話は、今更誰も語らなかった。
デザイン工房に籍を置いたばかりの頃、中々進まない舞台美術に、いらいらしたデザイナーが誰か彫像代わりに舞台に立つようにと叫んだことがあった。誰もがしり込みした要求に応じ、あっさりと全裸になったのは有名なエピソードらしい。
注文した彫像が手違いで納品が遅れた時、白いギリシア風の彫刻がなければインスピレーションが湧かないと機嫌を損ねたデザイナーに自分が同じ格好をするから、それでいいでしょうかと告げたのだった。マルセル・ガシアンが、師事したデザイナーのショーの為に自ら生きた花器になると告げた話は、すでに引退間近だった老人の胸を熱くさせた。
彼のデザインは既に新しいものを生まず、新しいショーの度、後進に道を譲ってはどうだという引退を勧告するような評価が増えていた。彼は、心身ともに疲れ果てていた。デザインの枯渇は誰よりも自分自身が一番わかっていたからだ。
マルセル・ガシアンは才能にも溢れていたが、何よりも自分を育ててくれたデザイナーに忠実で、まるで父親に接するような愛情を持って傍にいた。
彫刻もかすむほどの均整のとれた肢体に、薄いオーガンジーの布をたっぷりと巻き付けて、元モデルの若かりしマルセル・ガシアンは入門を許してくれるなら、有名デザイナーである師の為に何でもすると過去に誓った通り本当に何でもやったらしい。
彼がぽつりと漏らせば、本当にマルセル・ガシアンは人殺し以外の悪事はなんでもやった。……という噂だ。
「ここでピオニー(芍薬)の花束を抱えていればいいですか?先生の作るヘッドドレスのピオニーは、もっと豪華で大きな花ですよね…同じくらいの花は、花屋で調達可能なんですか?」
「マルセル。君の為にぼくは最高の花道を作るよ。君が尊敬するあの老人は癇癪持ちで嫌な奴だが、きっと成功させてみせる。」
照明や専属カメラマンの全てが、若くひたむきなマルセル・ガシアンの味方だった。
どんな冷ややかな視線に晒されても、自分の信じる道をマルセル・ガシアンは行く。
彼は人生の全てを、デザインの神さまに捧げたと豪語してはばからない。そして自分の全ては師から与えられたものだと、世間が置き去りにしようとしている斜陽の師を褒め称え続けた。
そしてマルセル・ガシアンは、やがて年老いた師の代わりにデザイン工房の代表となる。厚志と出会ったのはそんな頃だ。
自分が初めて行うファッションショーのメインモデルを探していて、彼は偶然一枚の写真に出会った。デザイナーの元に届けられるモデル事務所のプロフィールは多い。段ボール箱から溢れるほどのプロフィールの中に輝く宝石のような「ATUSHI」が隠れていた。あっくんのプロフィールを見つけたマルセル・ガルシアは「わたしのヴィーナスを見つけた!」と叫んだ。確かにあっくんは奇跡のように美しく、やがて燦然と輝くことになるトップモデルの原石だった。
後日、ショーを成功させたマルセル・ガシアンは語った。
「インスピレーション……?そんなものは必要ない。わたしは、わたしのヴィーナスに着せたいものを作っているだけだ。彼に着せたいものは、驚くほど無尽に湧いてくるんだ。」
「マルセル・ガシアン、あなたのヴィーナスはどなたですか?」
マルセル・ガシアンは記者から飛んできたその質問には答えなかったが、メインドレスを着たあっくんの手を曳いて中央に迎えると、満座の中で抱擁をし答えを見せた。
そして、耳元でささやいた。
「わたしのヴィーナス。今日の成功は君の物だ。ほら……世界中が君を祝福している。おめでとう、君はトップモデルの仲間入りをしたんだ。」
「……マルセル……ああ、信じられない……。ちゃんと歩けたかどうかが、心配でした。」
「誰よりも優雅で軽やかだったよ。さあ、祝福のキスをさせてくれ、わたしのヴィーナス。」
「はい……。」
頬を染めてマルセル・ガシアンを見上げるあっくんは輝いていた。
みにくいあひるの子だったあっくんは、音羽のために努力し大好きな兄の為にモデル事務所に登録した。新進デザイナーに見いだされた、モデルの卵は華々しく羽化をする。
そしてその日を境に、あっくんは誰もが認める正真正銘の白鳥になって羨望を集める存在になった。
*****
カシャ……
キスをする二人が、シャッター音に振り返った。
「なんだ?」
「ん~?ルシガ……?」
「二人の仲睦まじい様子を、厚志の主治医に送ってやろうと思ってね。あまりに良い眺めだったからさ。送信……っと。」
その時、ルシガが音羽に送った写真のマルセルは薄紫のニットの部屋着の上から、あっくんの尻肉をきゅっと揉みこんでいた。
ヾ(。`Д´。)ノ 音羽:「なんじゃ、こりゃ~~!!この写真って、どうゆうこと~~~!!」
♪~(・ε・。) ルシガ:「ふふん~♪」
(´;ω;`) あっくん:「音羽が怒ってる……。どうして?」
ψ(=ФωФ)ψマルセル:「どうしてだろうねぇ、ふしぎだね。可愛いATUSHI。」
。 '゜(*/□\*) '゜゚あっくん:「え~ん……」
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