夢見るアンドロイドAU 14 【最終話】
「こちらへどうぞ。」
促されるまま鏡台の前に座った音羽の髪を、違う人間が手際よく整えてゆく。先ほどまでのくたびれた30代後半の男は、見違えるようにいい男になり、鏡の中からじっとこちらを見ている。無精髭を当たっただけで、すっきりと秀麗な輪郭が際立ち別人のようだ。小さく感嘆の声を漏らしたのが聞こえた。
「……これ、新郎みたいなスーツだなぁ…。」
案内人の指示に従って、音羽は疑うことなく扉に手を掛けた。
キィ……と重い扉が音を立てると同時に、内側から引かれてゆく。燦然と眩しい光の中に放りこまれた音羽は呆然と立っていた。目が慣れてくると、真正面に花に埋もれたキャットウォーク……(音羽は花道だと思っていた)があり、会場入り口にあるものとはまた違う荘厳なステンドグラスが奥にあるのが見えた。まるで中世のゴシック様式の教会を模したようだ。
一斉にカメラのフラッシュが焚かれる。
「な……なんだ……?」
「音羽!こっち。」
強い光に照射された音羽は、舞台の中央から真っ直ぐに自分に向かって歩いて来る。最愛の尋ね人を見つけた。
「あっくん!」
音羽の目には、ブーケを持った両手を広げて近づいてくる白いドレスのあっくんしか見えていなかった。厳かな音楽もどうでもいいし世界中のセレブティも関係ない。照光の中のあっくんだけを見つめ、万感の思いを込めた音羽は自然と指を伸ばし腰を抱いた。
「音羽……ここまで、捜しに来てくれたの……?あっくんは、もう音羽に嫌われたかと思って、悲しかった……。」
「嫌ったりするものか……あぁ、なんて、綺麗なんだろう。あっくん。マルセル・ガシアンがあっくんをヴィーナスだって言ったのを聞いたときには、ただの頭の悪いやつだとしか思わなかったが……本当に、ヴィーナスだ、あっくん。」
「ありがとう、音羽……。あっくんは、音羽だけの為に綺麗になりたかったの。……ねえ、音羽。あっくんにキスを贈ってくれる?いつかのように。」
「ああ……あっくん。勿論だよ。これまでのおれの子供っぽいやきもちを許してくれ。」
「音羽……、あっくんは、ひよこの時から……いつだって、音羽だけが好き……。」
「あっくん。愛してる。」
腕の中に捕まえたあっくんは、いつかのようにその言葉を聞くとくたりと胸に倒れ込んだ。音羽は舞い上がって、周囲の事は何も見えていなかった。慈雨のように抱きしめたあっくんにキスを降らし、互いに腕を伸ばし合い恋人の温もりを確かめ合っていた。
幸せな恋人たちの周囲で、二人以外は大騒ぎだった。
世界中のマスメディアが、お腹にメルセデスベンツ・マークを持つモデルのATUSHIとマルセル・ガシアンの醜聞を追っていた。ところが、ウエディングドレスを着たユニセクスモデルのATUSHIを抱き寄せて衆人環視の中でキスを贈る男が現れたのだから、食い付かないはずがない。
「いや、真実なんだ。ガセじゃない!すぐにキス写真を送付する。」
「スクープだ!記事の差し替えを頼む!」
「カメラクルーを全部こっちに寄越してくれ。ああ!マルセル・ガシアンのショーがすごいんだ。ユニセクスモデルのATUSHIが、東洋人に落ちた!」
喧々諤々、収拾がつかない客席は蜂の巣をつついたように大騒ぎになっていた。
*****
「なぁ、音羽のあの状態って。厚志以外の何も見えていないんだろう?」
「たぶんね。どうするんだろう…くっくっ……あ、気が付いたみたいだよ。」
特別招待席に、ルシガと厚一郎の姿があった。
満座の中であっくんを抱きしめた音羽が、状況を理解できないで右往左往している。優雅な仕草で腰を折ると、あっくんは音羽の手を曳きセンターへと向かった。
「あっくん……、ど、どうすれば……。」
「腕を組んで歩いてくれればいいよ。笑って、音羽。」
「無、無理っす……。」
あっくんは満場の視線を惹きつけ、センターまで来るとくるりと背中を向けブーケを投げた。幸せな花嫁のブーケはふわりと弧を描き、厚一郎の膝に落ちた。
「祝福だ。幸せになろう、厚一郎。」
「ルシガ……、駄目だよ、カメラに映る。君の国にばれたら、二人とも首が飛ぶ……。」
……そんな話は、置いておいて。
マルセル・ガシアンはデザイナーとして、多くのモデルを引きつれキャットウォークに現れた。マルセル・ガシアンの登場で一瞬の静寂がどよめきに変わり、ショーだったことを皆が思い出した。さざ波のようなため息が、やがて会場を揺らすどよめきに変わる。
ファッション誌のライターらしい誰かが、甲高い声で叫んだ。
「全てメインドレスの演出だったんだ!ブラボーー!!」
万雷の拍手と喝采の中、マルセル・ガシアンは手を上げて応えていた。
モデルと共に客に挨拶するデザイナーを、音羽は言葉を失ってただ見つめていた。全てがマルセル・ガシアンの手のひらで踊っていた。
*****
誰も邪魔するものはいなかった。
誰の否定も届かなかった。
二人だけの世界で、アンドロイドAUの胸に手を当てて、音羽は起動するのを待った。
新種の薔薇、SweethoneyATUSHIの芳香に包まれて、夢見るアンドロイドAUが長い睫毛を震わせる。
「ご主人さま。どうぞ契約作業をお続けください。」
「契約の言葉を言うよ。……“I, (Bride/Groom), take (you/thee) (Groom/Bride), to be my [opt: lawfully wedded] (wife/husband), to have and to hold from this day forward, for better or for worse, for richer, for poorer, in sickness and in health, to love and to cherish; and I promise to be faithful to you until death parts us.”病める時も健やかなる時も……」
「イエス……。」
夢見るアンドロイドAU -完-
フル・メイクのモデルのあっくんを描きました。書きこみすぎてしまったので、フォーカス掛けました。
(〃ー〃)音羽:「まあ、ちょっと化粧が濃いって感じかな。」
(´・ω・`) あっくん:「音羽?だって、モデルだもの、まつ毛も付けるよ。」
(〃▽〃)音羽:「何もしなくても、あっくんが世界で一番きれいだ。」
(*⌒▽⌒*)♪あっくん:「いや~ん、音羽~、好き~」
( *`ω´) ルシガ:「モデル姿見たとたん…こいつ、性格変わってねぇか?」
(*´・ω・)(・ω・`*)ルシガ 厚一郎:「ね~、音羽って単純。」
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