露草の記・参(草陰の露)23
秀幸と同じように抱き取った照姫の身体は熱く、意識も朦朧と次第に薄れてゆく様子だった。
「いや……いや、こんな……醜い顔は、照ではない……。」
(照姫さま。しっかりなすって……。夢でございますよ。)
「義元さま……いやじゃ……わたくしに、そのような美しい顔を近づけるなっ……。」
「……秀幸……さまぁ、照をお帰しになってはいや……。」と、うわ言が聞こえた気がする。
(お可哀想に……照姫さま、ご免……。)
思い切って腕の付け根に刃物を突き立てると、痛みにふっと気を失って、身体が崩れた。
横倒しにしたまま同じように縫う処置をして、強く晒しを押し当て止血した。
(後は、ご自分のお力が、どこまで持つかと……。)
汗だくになった義元が、藩主と父に、二人の施術の完了を告げた。
「そうか。ご苦労であった。」
*****
二人は口々に言う。
「まこと忍びの秘術とは、我らには想像もつかぬ、神がかりに近いものだな。」
「義元を見ておると、織田が三度も乱を仕掛け、小さな里を滅ぼそうとした気が分からぬでもないな。」
「左様。敵に回すと、恐ろしく厄介な者と思ったのかも知れませぬな。」
手を尽くした義元は、澄んだ目をして答えた。
(織田の攻撃を受けた後は、辺り一面累々と屍が並んだ……地獄のような光景だったと、養父に聞いたことがございまする。)
(忍びの技は、……どれも……元々何代も痩せた田畑で暮らすのに、生きてゆく知恵を絞り分けあった結果でございます。)
痩せた土地しかない里で、生き抜く術を、一族で何代も模索し共有した結果だと義元は語る。
(以前……本多さまにお聞きしたところ、義元の実の兄も、幼い時に何次か目の天正の乱で亡くなった由……。兄が身を呈して、火からわたくしを守ってくれたそうです。)
(残されて草になったわたくしは、人の心を忘れ……ずっと陰で生きてまいったのです……。)
(双馬藩で、若さまに出会わなければ、義元はずっと修羅の道を歩んでおりました……。若さまが……鬼畜道を行く義元を止めて……くださった……のです。)
珍しく饒舌に話をした義元は、その後激しく咳き込んで兼良を慌てさせた。
「すまぬ、義元。無理をさせたのだな。」
(いえ……つい。不覚にもとんだ戯言を……気が緩みました。)
やっと、綻んで見せた。
心を無くしたまま、本多に仕えて来た義元は、秀幸のそばで封印したはずの感情を思い出したのだと言う。
誰かを恋い、愛おしく思う人への思いが、じわりと熱を持って義元を責めていた。
義元は草であった時、主家に言われるままに冷酷に寝首をかき、非道の限りを尽くしてきた。その一人一人にも、愛するものや大切にすべきものがあったはずなのに、気にもとめることはなかった。
そんな自分が、今や身勝手にも、唯一無二と慕う主人の無事を願って神仏の足元に縋ろうとさえしている。
余りに虫のよい考えを持つ自分に気付いて、義元は戦慄していた。
(この身が……神仏に許されるはずがない……。)
おギギが草として行った非道の過去が、今の義元を苦しめています。
(´・ω・`) (……自分だけ幸せになりたいなんて……望んではいけないのです。)
拍手ありがとうございます。
後しばらく、お付き合いください。(*⌒▽⌒*)♪此花咲耶
「いや……いや、こんな……醜い顔は、照ではない……。」
(照姫さま。しっかりなすって……。夢でございますよ。)
「義元さま……いやじゃ……わたくしに、そのような美しい顔を近づけるなっ……。」
「……秀幸……さまぁ、照をお帰しになってはいや……。」と、うわ言が聞こえた気がする。
(お可哀想に……照姫さま、ご免……。)
思い切って腕の付け根に刃物を突き立てると、痛みにふっと気を失って、身体が崩れた。
横倒しにしたまま同じように縫う処置をして、強く晒しを押し当て止血した。
(後は、ご自分のお力が、どこまで持つかと……。)
汗だくになった義元が、藩主と父に、二人の施術の完了を告げた。
「そうか。ご苦労であった。」
*****
二人は口々に言う。
「まこと忍びの秘術とは、我らには想像もつかぬ、神がかりに近いものだな。」
「義元を見ておると、織田が三度も乱を仕掛け、小さな里を滅ぼそうとした気が分からぬでもないな。」
「左様。敵に回すと、恐ろしく厄介な者と思ったのかも知れませぬな。」
手を尽くした義元は、澄んだ目をして答えた。
(織田の攻撃を受けた後は、辺り一面累々と屍が並んだ……地獄のような光景だったと、養父に聞いたことがございまする。)
(忍びの技は、……どれも……元々何代も痩せた田畑で暮らすのに、生きてゆく知恵を絞り分けあった結果でございます。)
痩せた土地しかない里で、生き抜く術を、一族で何代も模索し共有した結果だと義元は語る。
(以前……本多さまにお聞きしたところ、義元の実の兄も、幼い時に何次か目の天正の乱で亡くなった由……。兄が身を呈して、火からわたくしを守ってくれたそうです。)
(残されて草になったわたくしは、人の心を忘れ……ずっと陰で生きてまいったのです……。)
(双馬藩で、若さまに出会わなければ、義元はずっと修羅の道を歩んでおりました……。若さまが……鬼畜道を行く義元を止めて……くださった……のです。)
珍しく饒舌に話をした義元は、その後激しく咳き込んで兼良を慌てさせた。
「すまぬ、義元。無理をさせたのだな。」
(いえ……つい。不覚にもとんだ戯言を……気が緩みました。)
やっと、綻んで見せた。
心を無くしたまま、本多に仕えて来た義元は、秀幸のそばで封印したはずの感情を思い出したのだと言う。
誰かを恋い、愛おしく思う人への思いが、じわりと熱を持って義元を責めていた。
義元は草であった時、主家に言われるままに冷酷に寝首をかき、非道の限りを尽くしてきた。その一人一人にも、愛するものや大切にすべきものがあったはずなのに、気にもとめることはなかった。
そんな自分が、今や身勝手にも、唯一無二と慕う主人の無事を願って神仏の足元に縋ろうとさえしている。
余りに虫のよい考えを持つ自分に気付いて、義元は戦慄していた。
(この身が……神仏に許されるはずがない……。)
おギギが草として行った非道の過去が、今の義元を苦しめています。
(´・ω・`) (……自分だけ幸せになりたいなんて……望んではいけないのです。)
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後しばらく、お付き合いください。(*⌒▽⌒*)♪此花咲耶
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