さだかつくんの恋人 16
「大変ですっ!禎克くんがどこかへ行ってしまいました。園を出て行ってしまって……。」
「どういうことかしら?あのおとなしいさあちゃんが、そんな大胆なことするなんて。何かあったの、川俣先生?」
「あの、実は……。」
川俣先生は、園長にあらましを説明し、すぐさま禎克の家に連絡を入れた。
「金剛さんですか?禎克くんが園を抜け出してしまいました。きっと大二郎くんに会いに行ったんだと思います。これから直ぐに幼稚園バスでお迎えに行きますから、ご一緒してください。」
*****
禎克は、一生懸命走っていた。
昨日、観劇したホテルの中の劇場にいるはずの、大二郎に逢おうと思った。こまどり幼稚園から、ホテルまではほんのわずかな距離だった。
「はっ、はっ。大二郎くん。」
途中、お買いものに出かけるどこかのおばさんが、禎克のこまどり幼稚園のスモックに訝しげな顔を向ける。
商店街の中を抜けたら、坂の向こうに温泉施設付きのホテルはあった。きっと、そこに大二郎はいる。禎克を見つけたら、昨日のように満面の笑顔で、「さあちゃんっ!」と言って駆け寄ってくるはずだった。
「はっ、はっ。大二郎くん。」
心臓がはたはたと高く鳴る。坂道を登って行った先に、劇団醍醐の鮮やかな幟旗が風にはためいているはずだった。
*****
「旗……ない。」
ぐるりと高いホテルを見上げると、既に昨日とは様子が違っていた。次のイベントの横断幕に変わっている。
禎克はホテルの入り口から、そうっと中の様子をうかがってみた。
「どうしたの?え~と、坊や?ホテルに何か用かい?」
半纏を来たホテルの従業員らしい男が、声を掛けてくれた。
「大二郎くんは……?」
「大二郎くん?……お友達かい?」
「うん。お芝居をここで見たの。」
「ああ。劇団醍醐さんちの、大二郎くんか。知らないのかい、もう劇団はここにはいないんだよ。」
「大二郎くん……。」
「夕べの内に、次のお仕事の場所に向かったんだよ。もう着いてるころかな、確か四国の道後って言うところで、また二週間くらい公演するって言ってたかな。それから、九州の方へ行くそうだよ。そうか、あの子と仲良しだったのか。」
「うん。」
大二郎がもうそこにいないという事実は、禎克を打ちのめした。聞いたことの無い地名を聞き、隅に片づけられた看板を見て、すっかり悲しくなってしまった。
泣くのを我慢して真っ赤になった禎克が、親切なおじさんに一つお辞儀をしてくるりと踵を返したところへ、幼稚園バスに乗った母親と川俣先生がやってきた。
「さあちゃん!」
「禎克くん!」
「あ……。おかあ……さ……。川俣せんせ……。」
ふっと緊張が解けたと同時に、涙が堰を切った。
「ふっ……えっ~……。」
「さあちゃん。言えなくてごめんね。ごめんね。」
「うわああぁーーーーん……っ……!」
金剛禎克4歳。
生まれて初めて、置いて行かれる哀しみを知った。
。・゚゚ '゜(*/□\*) '゜゚゚・。「うわああぁーーーーん……っ……!」
(*´・ω・)(・ω・`*) 「やっぱり泣いちゃったわ~」「ごめんね、さあちゃん。」
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大二郎くんは今頃、どうしているかな……。明日からは、大二郎くんのお話です。
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