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平成大江戸花魁物語 16 

「こんな形でおまえを抱こうとは思わなかったけど、兄さんはうれしいよ。強く生きるんだよ、初雪。決してお前は一人じゃないのだからね。一人ぼっちで死んじまうなんて愚の骨頂だよ。」

「あい。雪華兄さん……では……どうぞ、……初雪と契って……くんなまし……。」

雪華太夫の両足のひざ裏を掴み、たどたどしい手つきでそっと開いてゆくと、初雪は意を決して腰を進めた。
揃えた禿の短い髪が夜目に搖れる。
抱えの禿に犯されて、雪華太夫が髪を乱し酸素を求めて喘いだ。
そして……白い頬に真珠の粒が転がると同時に、誰にも聞き取れないような小さな声で、雪華花魁は好きな男の名を啼いた。

吐息も逃さぬ高性能な集音マイクが拾って、その場に居た誰もが、雪華花魁の想い人の名を知ることになる。

「あぁ、……サク……ル……さまぁ……」

決して一緒にはなれない、異国の油屋の若旦那の名前だった。
そこにいる誰もが、ふと視線を巡らせて名前の主を探した。

*****

護衛に引きずられるようにして、その場を去っていた雪華花魁の思い人は、その頃、検番で話をしていた。

大江戸滞在を反対する側近に、王位を捨ててもいいから雪華を苦界から救ってやりたい、そうすれば国へ帰ると告げ、彼は本気で雪華花魁の為に一肌脱いだ。
すぐさま、花菱楼に使いが走り楼主に首尾を告げた。

二階に上がり、坪庭の様子を見つめていた楼主の顔に、上手くいったと喜色が浮かぶ。
その肩をとんと、知り合いが叩いた。

「いい物を見せてもらった、楼主。東呉さまには、此度の事は生きた勉強になっただろう。」

「ああ、柳川さま。お越しになっていたんですか。」

「あれは、雪華花魁の提案ですよ。初雪への折檻は可哀想だっていうものでね。最後のお相手には、雪華の惚れた油屋の旦那がいいだろうと思って声を掛けたのですが、さすがにお傍付きの許可が下りませんでした。あちらでは、高貴な方は人前で肌を晒してはいけないそうです。まあ何とか、上首尾に終わりましたけれど。」

「そうか。見たところ、入った客は上客ばかりじゃないか。明治の昔から、大江戸一の高嶺の花、花菱楼の雪華花魁の裸身を拝む機会なんぞ、そうあるものじゃないだろうから、いくら詰んでもいいから観せろと言う客は多かったんだろう?」

「ええ、それはもう。お断りするのが大変でしたよ。それにあの子は、これが落籍前の大仕事でしたしね。」

東呉をここへ連れてきた柳川は、楼主と親しく話をしていた。

「ま、雪華には散々儲けさせてもらいましたから、あの子が可愛がっていた禿の借金も棒引きです。どのみち初雪にも、現(うつつ)で店でもできる位の金はもたせてやるつもりでしたし。」

「そうか。さすがは楼主、万事抜かりはないという事だ。」

「柳川さまにも、初雪の父親のことでは御骨折りいただいて、ありがとう存じました。」

「ああ、あれは澄川財閥系列の子会社が引き受けて、債務は当面肩代わりすることになった。社長に据えてやる代わりに、今後一切、初雪に金の無心をしないように、縁を切るよう一筆入れさせておいたから、後で届けよう。」

「万端抜かりのない仕事ぶり、ありがとう存じます。」

30年前には花菱楼の花形花魁、当代きっての太夫と言われた楼主が、艶然と現役時代と変わらぬ流し目をくれた。彼もまた、雪華花魁の名を名乗った過去を持つ。

「柳川さま。わっちの兄さんは、今もお変わりなく?」

「大分弱られたが、東呉さまが成人するまでは元気で居たいとおっしゃっている。」

「最初に連れて来られた時、心臓が跳ねましたよ。わっちのお仕えした雪華花魁に面差しが、すごく似ていらっしゃるんですもの。」

「そうかい?わたしには大旦那さまの方が、お年を召された今でもはるかに美しく見えるがね。」

「それは……柳川さまが、あの方に心底惚れていらっしゃるからですよ。」

「違いない。」

くす……と、二人は楽しげに笑い合った。
東呉の知らない昔、大江戸で仲良く暮らしていた禿同士の話が弾んでいた。




本日もお読みいただき、ありがとうございます。此花咲耶


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