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平成大江戸花魁物語 17 

公開折檻の後、雪華太夫の元には馴染みの客から次々と見舞いの品物が届いた。
離れの私室に、豪奢な品物が次々運び込まれる
湯上りの雪華は、素肌に緋襦袢をひっかけて出窓に腰掛けて、禿の六花が楽しげに荷を解くのを眺めていた。
どれほど汚され貶められても、決して染みになることはなく、雪華花魁の輝く玉の肌は変わらない。花菱楼の雪華花魁は、どんな目に遭おうとも、白蓮のように穢れなく清らかに大江戸に咲き誇る大輪の花だった。

「あ……!雪華兄さん。」

身体の前に緩く結んだ希少な緑絹の帯に、六花が目を止めた。だらりの部分に色とりどりの宝石をちりばめた異国のサッシュ(胴帯)のようだ。

「その、新しい帯は油屋さんからの貢物でありんすか?緑の絹って、お蚕から違うんでしょう?確か……。」

「良く知っていたね、これは天蚕が紡ぐんだよ。虹色に光って浪漫ちっくでありんしょう?すぐ傍に居ながら助けられなくて、申し訳ないって泣いて下すったよ。自分につれなくしたのは、おまえの本心ではなかったのだねとおっしゃってね。」

「あい。六花もあの席で、油屋さんのお姿を見ました。お付きの手を振りほどいて、あの方は雪華兄さんの所に行こうと必死でありんした。思いがけず、雪華兄さんの主さんの真(まこと」の心が見えんしたね。兄さんを思うお気持ちは本物でありんした。」

「そうだねぇ。こういう稼業についていると、なかなか好いたお人に、本心を見せられないからあちらの気持ちは嬉しかったよ。六花もいただいた真心には真心をお返ししなくてはいけないよ。それが、どんな生き方をしていても、人の道というものだ。」

「あい。初雪さんも好いたお方と大江戸を出られて、本当に良かったです。お猿のぬいぐるみの中から、携帯が出て来た時にはどうしようかと思いました。」

「あの子はご定法を犯してまで、つながっていたかったんだろうね。初雪の携帯のメールを見たら涙が出たよ。どうやら、初雪は好きな人に一目会えたら、そのまま一人で儚くなる気だったらしいんだ。誰にも迷惑を掛けたくなかったんだろうね。携帯の中には父親に宛てた遺書もあってね、死んだら自分の保険金をもらって下さいって書いてあったよ。腎臓は死後でも使えるはずだから、お父さんが誰かと交わしたお約束を破ることにはならないと思うって……。」

「なんて酷い父親だろう……。それなのに……初雪さんは恨みもせずに。」

「お金が人生を狂わせてしまったんだよ。人は弱い生き物だから、本当は父親はそんな人じゃないって、初雪にはわかっていたんだろうね。一生懸命生きた初雪には、幸せになる権利があるのさ。お前もそうだよ。」

「雪華兄さんと……お別れするのは哀しいです。初雪さんも居なくなったのに……おれ一人になってしまう。」

ふっと艶やかな微笑みを浮かべ、雪華花魁は一人じゃないよと、六花に別れを告げた。

「六花が当代の雪華花魁の最期の禿になってしまったね。お前はまだ年も足りないから、大江戸で筆下ろしをしてやることは出来ないけれど……いいかい?現の世界に帰っても、見た目の華やかさや、激しさに惑わされないで、隠された中身を見るんだよ。」

「……雪華兄さん。六花も綺麗な兄さんと……初雪さんのようになりたかったです。」

優しい雪華花魁の顔を見ていたら、ついほろりと本心が零れた。

「可愛い六花。……うれしいね。でも、大江戸のご定法で行儀見習いの子には、ここでは誰も手出しはしちゃならないんだよ。無垢のまま、現に帰るんだ。」

微笑を浮かべた雪華花魁が、つと衣擦れの音をさせて六花に近寄ると、ついと顎をつまんで口を吸った。

「さ。お前はまだ年季が残っているから、ここでお別れだ。現の世界に帰って縁があるなら、きっと会うこともあるだろうよ。」

「雪華兄さんは、油屋の旦那さまの所にいらっしゃるの?」

「さあねぇ。どうやらあの方は、王位を捨ててもいいから一緒になりたいと言って下さったようだけど……。雪華花魁の名が無くなって、ただの男になっても、欲しいとおっしゃるだろうか。夜に咲く花魁は、昼間に見ると、色褪せて見えるかもしれないよ。」

「そんなこと。兄さんは男姿になっても……誰よりも綺麗です。」

「ありがとよ。」

熔けるように微笑んだ雪華花魁は、しゅっと抜いた腰の帯を、六花にぽんとほおって寄越した。くるりと背を向けて、雪華花魁は今宵を限りに花菱楼を去る。

*****

花魁の帯は前で結ぶ。
結んだ形は「心」の字に似ていて、客の前で帯びを解き、心を晒すと言われている。

それから、雪華花魁は髪結いを呼ぶと、ばっさりと髪を落として凛とした男姿になった。
まるで手品でも見ているように変化した雪華花魁は、その日を境に大江戸に別れを告げた。




本日もお読みいただきありがとうございます。 此花咲耶


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1 Comments

此花咲耶  

拍手コメントさとうさま

お読みいただきありがとうございます。(〃▽〃)
現実味がないお話しなのですが、どんな境遇でも懸命に生きている初雪に、心を寄せてくださってうれしいです。
初雪は初恋の悠さんと一緒に、大江戸の町を出てゆきました。きっと幸せになると思います。

(〃゚∇゚〃) 初雪「幸せでっす。」

後、一話で終わる予定です。最後までお付き合いいただけたら幸いです。

2012/11/01 (Thu) 21:45 | REPLY |   

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