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平成大江戸花魁物語 番外編「再会」……と、あとがき 

東呉の祖父、澄川財閥の当主は、何とか小康状態を保っていた。
今日は、大学を卒業後、挨拶に来るはずの孫の訪問を楽しみに待っている。窓辺で張り込む柳川に声を掛けた。

「そろそろ約束の時間だな。」

「はい、旦那さま。例の者は、すでに隣室に控えさせております。」

「そうか。東呉には、いい卒業祝いになるだろう。」

「どんな顔をなさるでしょうか。あ……、下にお見えになったようです。差し出がましいのですが、旦那さま、横になっていませんとまた、東呉さまに叱られてしまいますよ。」

「おお、そうだな。」

車椅子を寝台に寄せたと同時に、東呉は息せき切って走り込んできた。

「じいちゃんっ。ただいま~!」

「これからは、社会人だな、東呉。」

「やっと……って言う感じだけどね。あ、また車椅子でうろうろしてたんだろう。」

「急ぎの書類に、目を通していただけだ。」

「柳川さん。じいちゃんに仕事させちゃ駄目だぞ。無理すると、すぐ熱を出すんだから。」

「申し訳ございません、東呉さま。」

当主が軽く手を上げると、柳川は肯いて部屋を後にした。

「卒業おめでとう、東呉。いずれは、わたしの跡を継ぐことになるだろうが、しばらくは系列会社に配属させる。がんばりなさい。」

「じいちゃんが、安心できるようにがんばるよ。だから、じいちゃんは無理しないで長生きしてね。おれ、なるべく早く仕事できるようになるからさ。」

「頼もしいな。」

東呉は屈託のない明るい笑顔を向けた。春からは身分を隠し、一般社員として系列会社に入社することになっている。

「その物言い。お前は、小学生の頃と何も変わらんな。」

「変わらないのは、じいちゃんの前でだけだよ。おれ、世間的には結構優秀らしいぞ。入社試験だって、実力で通ったはずだよ。違う?人事に聞いてみてよ。」

「わしの孫だからな。出来のいいのは当然だ。そうだ、おまえに卒業祝いをやる約束だったな。」

「うん。何をくれるの?」

車椅子の当主がぱんと手を打つと、忠実な柳川が誰かを伴って会長室に入室した。

「会長。澄川石油の課長が報告に見えました。海底油田のプラントはわが社が単独入札だそうです。」

「おお、そうか。競合していると聞いたからどうかと思っていたが、さすがだな。東呉、課長は、産油国の王族ともパイプを持っているやり手でな。しばらく下について勉強させてもらうと良い。」

王族とパイプを持つ民間人が澄川の社内に……?
ふっと顔を見上げた東呉は、あっと声をあげそうになった。

あれから10年立つが、細い眼鏡の奥の涼やかな眼差しは変わらない。華奢な肢体に細身のスーツをまとった男に見覚えが有った。

「ご卒業おめでとうございます。澄川東呉さま。」

「……ゆ……?」

「初めまして。」

「はじめ……まし……て……」

予期せぬ出会いに立ちつくした東呉の頬を、不意に透明な滴がぱたぱたと転がり落ちた。くしゃと顔を歪めた東呉に近寄ると、青年は静かに視線を巡らせて当主と柳川の許しを得た。

「……背が伸びたね。あの頃には、ぼくの肩までしかなかったのに。」

「うっ……」

堪え切れずに嗚咽が零れた。
東呉は、優しい微笑みを浮かべた青年の胸に、とんと顔をうずめた。
いつかのように、青年が自分の頭をそっと抱く。脂粉ではなく柑橘系の爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。

「……兄さん。」

樋渡由綺哉(ひわたりゆきや)……東呉は、会いたかった人の名前を初めて知った。




≪あとがき≫

このお話しのベースは、雪華花魁を主人公にしたものでした。
境遇に負けることなく、花街できりりと生き抜く男女郎(おとこえし)の姿を書きたいと思っていました。

かなり前ですが、此花は違う名前を使用し、花魁の話を競作させていただいたことがあります。その時から、いつか違う話を書いてみたいと思っていました。

人間関係を勉強するなら、水商売に限るという話をよく聞きます。
大学で勉強するよりもバーテンダーをしたほうが良いという話をどこかで聞いて以来、いつか作品の中で成長する場面を入れてみたいと思っていました。実際の花魁の年齢は、場所にも依るのでしょうが17歳から21歳くらいだったようです。

設定がありえない割に時代色が強く、途中で煮詰まったりしましたが(しょっちゅう……)何とか完結いたしました。(〃゚∇゚〃)
都市伝説で東京の地下には何かがある……という話が有ります。町が丸ごと入るような旧陸軍の大きなシェルターがあるとか、埋蔵金が埋まっているとか……想像力が刺激されて、巨大な花街があるという話ができました。

地上に上がって、普通の生活を送る花魁たちは、さぞかし気働きの利く出来た男たちに違いないと思います。
長らくお読みいただき、ありがとうございました。 
ご意見、ご感想もありがとうございました。いつも励みになっています。
これからもどうぞよろしくお願いします。 此花咲耶

挿絵描く暇がなかった~(´・ω・`) ←だめっこ。



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1 Comments

此花咲耶  

拍手コメントkon さま

(〃゚∇゚〃) きゃあ~感想コメントありがとうございます。

いい物語とおっしゃっていただいて、本当にうれしかったです。折檻の場面は、此花もぐるぐるしていました。
どこまで書くのか、必要なのか、いつも悩みながら書いています。油屋の旦那と雪華のその後のお話を読みたいと言ってくださってありがとうございます。
きゃあ~(*⌒▽⌒*)♪このちん、リクエストいただいてしまいました。
ちょっと遅くなるかもしれませんが、必ず書きますから待っててくださいね。
がんばりまっす!(`・ω・´)

2012/11/03 (Sat) 23:34 | REPLY |   

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