沢木淳也・最後の日 26
「けいちゃんの車が帰って来ました。沢木さん、お願いです。隠れてください。」
素人だと思うが、相手は沢木の拳銃を持っているという。今は鹿島の言うとおり様子を見た方が良いだろう。
「鹿島。荻野に銃の経験は?」
「ハワイと韓国に旅行に行った時に射撃場で少し。……僕が教えました。」
沢木は小さく舌打ちをした。まるきり素人ならば、銃を持っていても弾が当たることはまずない。だが、経験者となると話は別だ。殺意さえあれば、至近距離から十分に命を狙える。常軌を逸した荻野は、おそらく何のためらいもなく自分に向けて引き金を引くだろう。
沢木は扉の影に身を潜めた。
*****
「雄ちゃん~。ただいま~。」
「やっと「ゴミ捨て」終わったよ。お腹すいたね、コンビニ寄って来たからおにぎり食べよ。あ、嫌だなぁ、こんなところに血がついてる。」
荻野は手首に付いた男の血を、何気なくぺろりと舐めた。決して遺体から自分に足がつくことはないと思っているのかどうか、荻野は明らかに油断していた。
だが、ふと寝台を見やると、そこに沢木はいない。
ぎこちなく笑顔を向けた鹿島に、顔色を変えて飛びつき「何があったの?」と聞いた。その力は強く、気道を押された鹿島は激しく咽た(むせた)。
「……寝台に寝かせておいたおまわりさんは、どこへ行ったの?雄ちゃん……まさか逃がしちゃったとか言わないよね。」
「け、けいちゃん。もうお終いにしよう。一番最初にあの男の子を殺してしまった時から、僕たちはもう犯罪者になってしまったんだ。すぐに警察に捕まるよ。二人で、自首しよう、けいちゃん。」
「犯罪者になったって……?雄ちゃんが……?おまわりさんなのに?」
荻野は頷く鹿島に不思議そうな顔を向けた。
「違うよ。男の子たちを殺ったのは僕で、雄ちゃんじゃないよ。雄ちゃんは怖くて泣きながら見てただけだ。それに雄ちゃんはおまわりさんだもの。捕まったりしない。それに雄ちゃんのお父さんは、すごく偉い人なんでしょう?」
「それは関係ない。僕らのしたことは、れっきとした犯罪なんだよ。僕だって一緒に居たんだもの。助けられたのに助けなかったばかりか、僕はけいちゃんと男の子の……ビデオまで撮った……本当に、どうかしてたけど、紛れもない事実だ。」
「泣かないでよ、可哀想な雄ちゃん。あの子がおまわりさんの子供じゃなかったら良かったのにねぇ……雄ちゃんと同じおまわりさんの子供なのに、いつも雄ちゃんは泣いてばかりだ。お日さまみたいに笑うあの子が、本当は憎くてたまらない……そんな顔してたよ。だから僕は、あの子たちをいじめてやったんだ。僕の大事な雄ちゃんの前で、雄ちゃんにはできないお父さんの自慢ばっかりするんだもの。」
鹿島はとうとうたまらず、荻野を抱きしめた。
「ごめん……ごめんね。けいちゃん。みんな僕のせいだ。罰せられるのは僕だけでいい……もういいんだよ、けいちゃん。今まで、ありがと……。」
荻野は鹿島の濡れた顔を覗き込んだ。
「雄ちゃん……?どうしたの?また、お父さんにいじめられたの?雄ちゃんは毎日頑張ってるのにねぇ……模試が一回くらい悪くても挽回できるよ。僕が勉強を教えてあげるから……がんばろ、雄ちゃん。」
ちぐはぐな荻野の会話に、鹿島は一つの病名を思い出した。余りにショックな事、耐えきれない現実から、荻野慶介の自我は逃避しているのだろう。
カーテンの向こうで会話を聞いて居た沢木は、二人の会話に戸惑っていた。
「危ないからさ、拳銃はもう僕に返してくれる?メスを持つけいちゃんの手には似合わないよ。」
荻野は抗った。微かな金属音が聞こえる。
「嫌だ。ほら、こうやって拳銃のスライドを引いて、弾丸をチェンバー(薬室)に送るんだよ。ね?雄ちゃんが教えてくれたこと、覚えてるでしょう?こうすればあとは、引き金を引くだけだ。ば~ん!って。」
銃口が鹿島の胸に当てられていた。
「そうだよ。そうすればみんなお終いだ。一緒に逝こう、けいちゃん。一二三で一緒に引き金を引くんだよ。」
「ばか野郎……鹿島。何を考えてやがる。死ぬ気か。」
沢木は展開に歯噛みした。
辺りを見回して手術道具を認め、派手に投げつけた。慌てた荻野が当然、反射的に撃って来た。
銃が白煙を噴く。
何本かのメスを拾い、ダーツのように指で挟み投げつけた得物は、煌めきながら荻野の手にたちこんだ。
( *`ω´) パパ沢木「バカ野郎、死んでお終いにしようなんてゆるさねぇぞ!」
本日もお読みいただきありがとうございました。此花咲耶
- 関連記事
-
- 年賀状のこと (2012/12/26)
- 沢木淳也・最後の日 32 【最終話】 (2012/12/25)
- 沢木淳也・最後の日 31 (2012/12/24)
- 沢木淳也・最後の日 30 (2012/12/23)
- 沢木淳也・最後の日 29 (2012/12/22)
- 沢木淳也・最後の日 28 (2012/12/21)
- 沢木淳也・最後の日 27 (2012/12/20)
- 沢木淳也・最後の日 26 (2012/12/19)
- 沢木淳也・最後の日 25 (2012/12/18)
- 沢木淳也・最後の日 24 (2012/12/17)
- 沢木淳也・最後の日 23 (2012/12/16)
- 沢木淳也・最後の日 22 (2012/12/15)
- 沢木淳也・最後の日 21 (2012/12/14)
- 沢木淳也・最後の日 20 (2012/12/13)
- 沢木淳也・最後の日 19 (2012/12/12)