沢木淳也・最後の日 22
*****
鹿島とその恋人、二人は薬で動けなくなった沢木を中心にして、両側から支えた。肩を組み、引きずるようにして歩いた。
やがて、タクシーを捕まえると後部座席に沢木を押し込んだ。
「お客さん。酔っ払いですかい?」
運転手が怪訝そうな声を上げる。
「体調が悪くなっただけです。何か、気分が悪くなっちゃったらしくて。熱っぽいみたいだから、もしかすると風邪かな。大丈夫ですか、先輩。」
運転手は顔をしかめた。
「シート汚さないで下さいよ、お客さん。吐かれたりしちゃ、臭いがこもって困るんだよね~。」
「もし、そんなことになったら弁償するよ。それに一応、僕らはこういうものだ。協力を頼む。」
鹿島のちらつかせた警察手帳を、ルームミラー越しに認めると運転手は「どちらまで?」と態度を変えた。
「このまままっすぐ走ってくれ。東口通りの荻野美容形成外科ってわかるかな?郊外になるんだけど……」
「ああ、少し前にニュースになってましたね……、捜査絡みだったんですか。」
鏡越しに鹿島は仕方なく肯いた。
運転手は数か月前、荻野美容形成外科の患者が命を絶ったことを知っていた。美容施術を受けた患者が、失敗を苦に命を絶ってしまったことはしばらく前、週刊誌やテレビで騒がれていた。
医師は執刀ミスを認めず、裁判沙汰になっているはずだと運転手は記憶を探った。
「可哀想でしたよね。まだ二十歳そこそこだったんでしょ?整形を受ける女は大抵、手術の必要のない綺麗な女が多いらしいですけどね。欲望ってのは、きりがないですからね~……」
「……あれは、失敗じゃないぞ。」
ぎらぎらとした眸で、運転手を背後からねめつける客から、運転手は視線を逸らした。男の険しい眼光が、どこか尋常ではない気がして寒気がした。
沢木刑事の行方を探す捜査員が、聞き込みに走り回り、やがてタクシー運転手にたどり着いた。
二日前、鹿島ともう一人の男が動けない男を抱えて、荻野美容形成外科の中へ消えて行ったのを、タクシー運転手はしっかりと覚えていた。
*****
事実は次々と明らかになってゆく。
被害者の鼻に何らかの異物が挿入されているのは、一人目の害者ですでに鑑識は突き止めていた。解剖によって医療に使われるプロテーゼが、発見された。
美容整形で隆鼻手術を行うときに使われるプロテーゼは、いくつかの種類が有るらしいが使用されている物は整形技術の必要なi型のものだった。他にも、美容整形で使う水溶性の薬物が検出された。
遺族となった警察官は、顔を作り替えられた息子をわが子と認められず、自分を責め今も精神科の世話になっている。何故理不尽に未来を断たれたのか、何故息子でなければならなかったのかわからない。面影を失って変わり果てた息子を前に、現実を認められず茫然自失となり、抱きしめる事すらできなかった。遺体安置室で慟哭だけが響いた。
怨恨などではない、犯人のただの顕示欲だと気づいたのは、囚われの沢木淳也が最初だった。
鹿島ともう一人の男と、沢木の通話を発端に、タクシー運転手の証言が決め手となって、荻野美容形成外科の名が捜査本部に上がる。
鹿島と荻野の接点が調べ上げられ、中学受験の進学塾で二人が出会っていた過去が明るみに出た。順風満帆に、一点の曇りもなく医師となった荻野慶介(おぎのけいすけ)は、影になり日なたになり、父親に疎まれ深く傷ついた鹿島雄一の傍に居たらしい。
伸ばされた優しい手に、どんな思いで鹿島雄一が縋ったか誰にも知る由はなかった。
警察の手が、犯人に届こうとしている。
後、もう少しです。(`・ω・´)
早くパパと再会したいね。(。'-')(。,_,)ウンウン
本日もお読みいただきありがとうございました。此花咲耶
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