沢木淳也・最後の日 23
「雄ちゃん、何でぴぃぴぃ泣いてるの?雄ちゃんが泣くと、僕はすごく悲しい気持ちになるんだよ。ね……泣かないで、気持ちいいことしよう?」
「けいちゃん……」
「あの子たち、あっさり死んでしまってつまんないよ。ほら、僕のこここんなになってる。慰めてよ、雄ちゃん。舐める?」
荻野は鹿島を抱き寄せると髪を優しくなでた。
「どうして、震えているの?僕だけだったでしょう?」
「雄ちゃんの味方は、いつだって……出来の悪い雄ちゃん。東大合格したのだって、僕が一緒に勉強したからだよねぇ……?」
「けいちゃん。こんなこと、もうやめよ……?」
「こんなこと?何、言ってるの。」
きっと血走った目を向けると、荻野慶介は鹿島を張り飛ばした。けたたましい音を上げて、ステンレスのトレイに入った手術道具が散乱する。狂気と正気が交互に顔を出す、不気味な荻野に鹿島は怯えていた。
「やめてよ。けいちゃん……怖いよ……前は、うんと優しかったのに。」
震える鹿島に荻野は優しい目を向けた。
「……雄ちゃんってば、ほんとに泣き虫さんだなぁ。ほら、早くしないとベッドの上のホームレスが目を覚ますよ。雄ちゃんが好きになったおまわりさんの顔を、あいつに映すんだ。前の子たちとは手口が違うから、きっと警察は混乱するよ。楽しみだね、雄ちゃん。雄ちゃんのお父さんのあたふたする顔が浮かぶよ。」
荻野は拾い集めた手術道具を手に、寝台に近付いた。
二つの寝台に全裸の男が二人並んで寝かされている。点滴を受けて眠る二人の背格好はとてもよく似ていた。
「麻酔が効いているうちに、やってしまうからね。このおまわりさん、変だね。鼻筋の通った整った顔しているのに、わざと汚くしているみたいだ……。鼻はやっぱりプロテーゼを入れた方が良いな。」
気の毒な男のまぶたにメスが入り、薄く脂肪が抜き取られて沢木の切れ長の目が形成された。小さな傷痕まで見逃さず、荻野は神経質なほど丁寧に時間をかけて、もう一人の沢木を作り上げてゆく。縫合の跡を見ても、かなりの技術だった。
「この腹の傷は、そっくりに作るのは難しいな……まぁ、同じ場所にあればいいかな。」
沢木の腹を男の手が撫でまわした。びくりと腹を波打たせ、沢木が反応する。
沢木淳也は、まだ生きていた。
*****
数時間後、荻野はやっと全ての施術を終え、軽く伸びをした。
「あ~、疲れた~~!」
手術室の片隅に置かれたソファに腰掛けた鹿島は、ぼんやりとその様子を見つめていた。
術後で顔が腫れてはいるが、そこにいるのはまぎれもなく「沢木淳也」だった。あの可愛いけれど幼すぎる沢木の息子に区別がつくだろうか。何故、こんなことになってしまったのか……憔悴した鹿島の頬を伝わる滴は苦かった。
荻野は喜々として、気の毒な男の髪の毛を切り刻んでいる。もう、男に脈はなかった。
「硬直が解けるまでは、二日くらいここに置いておくよ。それから河川敷まで行って、置いて来る。雄ちゃん、あっちでコーヒーでも飲もう。僕、疲れちゃったよ。」
鹿島は仕方なく腰を上げた。
これで犠牲者が4人になった。ふと視線を彷徨わせ、鹿島はそっと沢木に近付いた。
気付かれないように素早く点滴を止めると、居間へ向かう荻野の後を追った。
どうか、一刻も早く気が付いてこの場から逃げ出してほしい。……そう念じた。
本日もお読みいただきありがとうございました。年末は稼業がとても忙しいのです。できる限り頑張るつもりですが、毎日更新は無理かもしれません。
遅れちゃったら、ごめんなさい。
此花咲耶
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