沢木淳也・最後の日 25
まだしびれは残っている。全身麻酔が醒める時の恐ろしく気分の悪い状態だった。
それでも沢木には、刑事としてすべきことが有った。
ゆっくり半身を起こすと、ばきと固まった関節を鳴らす。
「……俺の拳銃はどこだ?」
「あの……それは、けいちゃんが護身用に持ってゆきました。」
「あいつはどこだ?」
鹿島は何か言おうとしたが、言葉にはならなかった。捜査を妨害するために、沢木と同じ顔にした男を、河川敷に放置しに行ったとは言えなかった。鹿島の口を突いて出たのは、言い訳でしかなかった。
「あ、の……最初、たまたま西署の川口という警察官の息子と知り合ったんです。何か、いまどきすごい正義感に溢れた中学生で……電車の中で、酔っ払いに絡まれたお年寄りを庇ってました。」
「ふ……ん。」
「あんただっていつか年を取るだろう、あんたの親も年を取ってるだろう、何で優しく出来ないんだって本気で怒ってました。お年寄りが大荷物を持ってもたもたしているのを、ほっとけなかったみたいでした。」
「父親の跡を継ぎたいって言う話を聞いたことが有る。」
「僕は酔っ払いを駅員に渡し、その子と話をしました。真っ直ぐに僕の目を見て話す子で……僕に無いものを持っている子で……僕が警察官だと知って、自分も尊敬する父親のようになりたいと言っていました。」
「それから、僕は……けいちゃん……荻野慶介に会わせました。彼は昔から僕のいう事なら何でも聞いてくれる優しい男だったから。」
沢木は部屋の片隅にある自分の衣類を身に着け始めた。鹿島の話す戯言に、聞く耳を持たないとでも言うかのような態度だった。
「沢木さん……話を聞いてはくれないんですか?」
「言い訳なら、署でするんだな。俺は刑事で、犯人をしょっ引くのが仕事だ。ここで自白をするのを聞いてやってもいいが、調書が作れない。」
「沢木さん……っ!沢木さんだけは違うと思ったのに!」
「……何がどう違うんだ?それとも父親と違うとでも言いたいのか?自分のやったことが正しいとでも言いたいのか?お前は、荻野にその子を会わせ、二人がかりでその子をいたぶった。俺は吐き気のするようなビデオを見た。お前たちは、笑っていた。」
「いいえ……それは。正しいなんて言うつもりはありません。だけど……沢木さんには分かってもらえると思いました。」
「それを盗人の三分の理と言うんだ。悪事を働く者は、そうやって理屈を口にする。自分の思い通りにならないことは、全て周囲が悪いんだろう?」
鹿島は唇を噛んだ。
「次いでに言うなら、お前のような状態を「騎虎の勢い」と言うんだ。」
沢木は意味が解るかと聞いた。いえ……と乾いた唇は何とか言葉を発した。
「「騎虎」の虎(こ)とは虎の事だ。お前は知らない内に、虎の背中に乗ってしまったんだ。一度背中に乗って走り出すと、途中で降りることはできない。降りたら虎に食い殺されてしまうからな。途中で後戻りしたくても、一度虎の背に乗ってしまったら、仕方なく最後まで走り続けなければならない。お前とあいつは、心を寄せ合う恋人同士なんかじゃない。食うか食われるかのそういう畜生の関係だ。」
鹿島はその場に膝を付いた。蒼白の頬は濡れていた。
その顔を見やった沢木は、まだ救いがあると気づく。もしも、鹿島に少しでも刑事としての矜持が残っているのなら、救えるかもしれないと思った。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。(〃゚∇゚〃)
鹿島に救いはあるのか……此花咲耶
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