桃花散る里の秘め 1
まだ風は冷たかったが、既に甘い春の香が混じっていた。
侍女が切って差し出す花枝を、いとけない少女は次々に受け取り、きゅっと大事そうに胸に抱えていた。
「大姫さま。もう、そのくらいに致しましょう。それ以上はお持ちにはなれませんよ。」
「だいじょうぶ。それに桃の花は、蕾がまだ固いから、たくさんあったほうが綺麗……あっ!」
「姫さま、危ないっ。」
胸元に抱えた花を取り落しそうになったのを、傍に居た少年が姫ごと受け止めた。10を超えたばかりの、この少年の名は大槻義高(おおつきよしたか)という。
国境の大槻家から、恭順の意を示す意向で、この家に人質として身を寄せていた。
老人だけを一人共に連れ、他国にやってきた少年は、初めて大姫に出会った日の事を鮮明に覚えている。
***
大姫より2歳年長の義高は、家元を離れた人質ではあったが、寂しくないようにとの藩主の計らいで年の変わらぬ子供を持つ国家老の家に預けられた。
旅装束を解き、玄関で足を洗う義高ににじり寄って、そっと布を渡した大姫は、人懐こくにっこりと笑った。
「あ、かたじけな……い。」
赤い着物を着た市松人形のからくりかと思うような白い顔だった。
聞けば病弱で、殆ど家の中で暮らしているらしい。
長い睫毛に縁どられた大きな黒い目に見つめられて、義高は思わず言葉をなくし、じっと愛らしい姫の顔に見ほれた。
大姫は不思議そうに小首をかしげた。
「そなたが隣国からきたお客人……?」
「は、はい、姫さま。隣国から参りました、大槻義高と申します。此度は、国家老様にお世話になりまする。」
「父上にお聞きして、ずっと待っていたのよ。義高さまというのね。わたしは大津。皆、大姫と呼ぶの。」
「では、わたくしもそうお呼びいたします。大姫さま、わたしと仲良くしてくださいね。」
「あのね……義高さま。わたしはいつも一人でつまらなかったの。一緒に遊んでね。」
「はい、大姫さま。」
色手毬を胸に抱えて、大姫は恥ずかしげに頬を染めた。
家の周り位しか出歩かない大姫は、余り陽にも当たらず、薄い桜貝のような透き通るような肌をしていた。
- 関連記事
-
- 桃花散る里の秘め 13 (2013/03/07)
- どうやっても…… (2013/03/06)
- 桃花散る里の秘め 12 (2013/03/05)
- 桃花散る里の秘め 11 (2013/03/04)
- 桃花散る里の秘め 10 (2013/03/03)
- 桃花散る里の秘め 9 (2013/03/02)
- 桃花散る里の秘め 8 (2013/03/01)
- 桃花散る里の秘め 7 (2013/02/28)
- 桃花散る里の秘め 6 (2013/02/27)
- 桃花散る里の秘め 5 (2013/02/26)
- 桃花散る里の秘め 4 (2013/02/25)
- 桃花散る里の秘め 3 (2013/02/24)
- 桃花散る里の秘め 2 (2013/02/23)
- 桃花散る里の秘め 1 (2013/02/22)
- 桃花散る里の秘め 【作品概要】 (2013/02/22)