桃花散る里の秘め 22
国家老という藩の重責を担いながら、この男はとても若々しく見える。
「大津は知っているだろうか。父上も母上も、お前を唯一無二のかけがえのない子供だと思っている。」
「大津は……できそこないだと……前に中間達が噂しているのを聞きました。御家老さまも長く続いた由緒あるご家名を継がせるのが、あのような何もできないできそこないでは心苦しいだろうと言っていました。……家中の者に、ふたなり姫と呼ばれているのも知っています。」
「そうか、そんなことがあったか。秘密にしておっても、洩れるものだな……。確かにお前は小さく生まれた弱い子供で、しょっちゅう高い熱を出していた。母上は屋敷内に別宮を作ってお百度を何度も踏んだし、父もお前が無事に大きくなるようにと神仏に祈念して、今も茶断ちをしておる。それこそ真綿でくるむようにして大事に慈しんで育てた。」
「はい。大切にしていただきました。」
「わたし達は、これまでに二度子供を失って居る。仏間に小さな位牌があるのを、大津も知っているだろう?兄上たちを失った母上の悲嘆は余りに深く、毎日泣いてばかりで食事も足らず、腹に宿ったお前の命さえ危うくなりそうなくらいだった。お前が小さく生まれたのは、そのせいかもしれぬ。……それで、わたしはお前が生まれたら、女子として育てる事にしたのだ。昔から、女子の着物を着せて男子を育てれば丈夫に育つと言うからの。」
大津は横向きに膝の上に抱かれ、じっと父の顔を見つめていた。幼い女童(めわらわ)にしか見えない大津の頬に、静かにはらはらと零れるものがあった。
「お前がどう思おうと、お前が生まれてから父も母も毎日幸せであった。乳を飲んだ、這った、歩いた、ととさまと呼んだ、かかさまと泣いた、それだけで親というのは報われるものなのだ。だから、卑屈に思う事はない。成人するまいと言われたお前が、ここまで育ち、誰かを愛おしいと言う気持ちを持った。武門で名を成さずとも、大津は大津であれば良いと思って居る。わかるな?」
「お家の役に立たない……大津は……生まれてきて良かったのですか……?」
「そのことじゃ。実はな……大津を愛おしいと思いながら、武門に生きるわたしはいつかお前を手に掛けるつもりでいた。どうしてもそうしなければならないと、決めていた。」
「……はい。」
「このままの日々が続けばいいと、どれほど願ったかもしれぬ。だが、男として声が変わり、武張ってきたら女子として生きるのは難しい。屋敷奥に密かに匿ったとしても、いつか親は年を取りお前よりも先に彼岸へ行くだろう。残されたお前のことを思うと不憫でならぬゆえ、元服の年に共に彼岸へ旅立つつもりであった。」
「共に……。……親不孝なこの身を……お許しください。大津は、父上と母上を死なせたくありませぬ。」
「お……そうだ。それよりも、良き話をせねば。義高殿の国許から知らせがあったのを伝え損ねておった。」
「……国許で何かあったのでしょうか。」
「案ずるな、義高殿。めでたき話ぞ。」
国家老の言う良き話というのは、大槻義高の遠き故郷で先ごろ生まれたという妹のことだった。
国家老は登城した折り、藩主から朗報を聞いて居た。
国境の大槻家、義高の家に3月前、女児が誕生したのだと言う。しかもこれを機に、姻戚関係を持ってはどうかと、内密に打診してきたらしい。
*****
「それはめでたい。早速、義高殿に御伝えせねば。」
「義高に国許に帰す日も近いと、言ってやってくれ。人質を預かるよりも姻戚関係を結んだ方が、互いの絆は強固になる。」
いずれ、藩主の嫡男との婚儀を行い、義高の人質としての役目は終わると藩主は告げた。
「そうですか。わたしに妹が……。殿さまは、輿入れの話もされておりましたか?」
「七つの帯解(普通の帯を締めるようになること)に、お母上と共に国入りという事になるだろうと、殿は申して居った。戦のない豊かな国になるだろうと、喜んでおられた。」
「祝いの書状を送らねばなりません。それと共に、義高の決意もしたためまする。」
「父上。大津も、義高さまの妹君に、お祝いの品物を差し上げます。そうだ、確か行李にまだ手を通していない着物があったはず……」
ぱっと膝から飛び降りて、ぱたぱたと駆ける大津に国家老は苦笑した。
「甘やかしすぎた。不本意ながら躾も何もできてない。この通り詫びを言う。」
義高はくすくすと笑った。大きく笑うと傷が痛むからなのだが、それでもやはり笑ってしまう。
「お可愛らしいことです。素直で穢れを知らない大津さまを、わたしはこれからもずっとお守りしたいと思います。」
「義高殿……」
感極まった家老は、深々と頭を下げた。
本日もお読みいただきありがとうございます。(*⌒▽⌒*)♪
義高に妹が生まれました。この国と縁戚関係になり、強固な絆が作られることになりました。
自由の身になる義高と、大津は……(ノ´▽`)ノヽ(´▽`ヽ)きゃっきゃっ♡うふふ~♡になれるのか~~
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