桃花散る里の秘め 21
「でも、大津は……早く、義高さまの所に行きたいの……義高さまが心配……」
「いけません。何をおっしゃっているのです。そのような格好で、怪我人の元に参っては駄目です。直ぐに湯を使ってお姿を改めていただきます。御髪も埃で真っ白になって……一体、何が有ったのか存じませんけれど、後で、きちんとお話して頂きますからね。」
「それは……あの……父上に聞いてください。」
「まあ、大姫さまったら。そういえば菊が何も言わないと思っていらっしゃる。」
*****
そっと覗いても、枕屏風で義高の表情は見えなかった。
手当てをする医師と父の会話を、大津は障子の影で聞いた。
「今回の事は、荒げて大事にするよりも、二人が相撲を取ったはずみで庭樹の幹に強かに打ち付けたことにすればよろしかろうと存じます。子供同士の争いに、そう目くじらを立てることもありますまい。高坂一颯の手元が狂ったせいか、幸い骨は折れてはおりませんし、身体をうまくかわしたおかげで、出血の割に傷が浅くて良かった。ただ、脇から腰に掛けての長い傷ですから、しばらくは痛むでしょうな。」
「藩医殿。そういう事にしていただけると、こちらも助かる。評定になると、子供の刃傷沙汰と言えども、我らとて監督不行き届きだけではすみますまいからな。ああ、別室に待たせているから、高坂殿の怪我も見てやってくれ。」
「承知した。まあ、方便も時には必要でござるよ。それに、高坂の子倅に傷を負わせたのは、大槻殿ではなく大姫さまだというではないか。むしろ、わしはそちらの方に驚嘆致した。あの細腕でなぁ。」
藩医は毛のない頭を撫でると、立ちあがった。
「懐剣もまともに振れぬ大津が、忍ばせた小柄を使おうなどとは、わたしも想像しなかった。恐らくあれなりに必死だったのだろう。」
「お可愛らしいだけの大姫さまではなかったという事ですな。戦上手なご家老さまの血を引いていると言う事でしょう。」
「……藩医殿、お世話になりました。」
何時気が付いたものか、義高も二人の話を聞いて居た。身体を起こそうとするのを、大人二人で止めた。
「無理をするでない。やっと血が止まったところなのだ。今しばらく横になっていないと、縫い合わせた傷が開く。」
「はい……ご家老さまには、お手数をおかけいたしました。わたしが付いて居ながら、大姫さまを再び危ない目にお合わせして……申し訳もございません。」
「いや。話は既に高坂殿から聞いておる。大津に狼藉を働こうとしたそうだな。大津が抗ったのに腹を立て、背を向けた義高殿に斬り付けたと言って居った。そうだな、大津。」
国家老は部屋の外に控えている、大津を呼び入れた。
「大津にも隙があったのです。高坂さまは、大津が共に行かないと父上が殿から叱責を受けるとおっしゃいました。大津の事で、父上の御立場が悪くなると言うのは本当ですか?大津の秘密も、高坂さまはご存知です……」
「そうか……それで、大津は高坂殿に付いて行ったのか。」
「は……い……」
ほろほろと涙がこぼれる。
「父上……大津は、本当は男(おのこ)なのでしょう?高坂さまがそうおっしゃいました。大津は大人になっても、義高さまのお嫁さまにはなれないのですね。」
「そうだな。大津はそれほどに義高殿が好きか?」
こくりと頷いた。
「大津は義高さまが好きです。……でも、義高さまはいつか、国許の大槻藩にお帰りになってしまう。そして、きっと綺麗な似合いの花嫁御料をお迎えになって、大津のことなどお忘れになってしまう……ひぃ……っく。」
国家老は義高の思いを知っていたが、まだ大津に話したことはなかった。
義高に向けられた大津の痛いほどの切ない恋心も、決して報われることはないと泣く思いの深さも理解していた。
「此処においで、大津。」
「……はい。」
「大事な話をしよう。」
父は大津を膝の上に抱き上げた。
本日もお読みいただきありがとうございます。
なんとか手当も終わりました。
(´;ω;`) 大津 「義高さま……」
(〃^∇^)義高 「だいじょぶです、大姫さま。」←腹に縫い目付き
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