桃花散る里の秘め 23
仔細はよくわからぬが、一度会ってみたいと藩主が呼んだのだと言う。
必ず大津を連れて登城するようにという使者の言葉に、どこか腑に落ちない物を感じながらもそうしないわけにはいかなかった。
「今更、男子の格好でもあるまいな。」
国家老は思案の末、結局大津を女姿のまま連れて登城することにした。
「お城にいくの?大津も父上とご一緒に……?」
「そうだ。大津も殿さまとご対面する。」
「………大津は良い子にしています。」
晴れ着を着せてもらった大津は、義高さまに見せてきますと言って部屋を出た。入れ替わりに入ってきた妻が不安げな顔を見せる。
「……殿さまは、何故大津に逢いたいなどとおっしゃったのでしょう……此度のことが原因でしょうか。」
「仔細は分からぬが、上意と成ればお断りするわけにもいかぬ。話は帰ってきてからだ。」
「どうか、何事もありませんように。」
「心配いたすな。殿は話の分からぬ方ではない。おそらく先日出した隠居願いの御下問をされるのだろう。」
国家老は以前、義高の申し出を受けたのち、家名を弟の子供に継がせ隠居したいと願い出ていた。
義高は話を聞き同道したかったが、怪我もあり断念するしかなかった。
「義高さま。大津は、初めてお殿様に目通りするのです。父上が何も心配することはないとおっしゃいましたけど、粗相をしないか心配です……」
「大津さま。御家老さまがそうおっしゃったのなら、ご心配は要りませぬ。そうだ、ではこれを……」
義高は着ていた着物の片袖をぴり……と裂くと大津に渡した。
「お持ちください。義高も大津さまとご一緒に登城いたします。」
「……父上はお殿様に叱られるのでしょうか?」
「御家老さまは藩にとっても大切なお方です。決してそのようなことはありません。」
大津は義高の片袖を胸に抱くと、そっと懐に忍ばせた。
「では、義高さまと一緒に、お城に行ってまいります。」
*****
大津は女籠に乗り、父は騎馬で共に一路、城を目指した。
初めての城は屋敷と違い驚くほど大きく、目を丸くした大津は父の後を付いて歩きながら辺りが気になって落ち着かなかった。
直ぐに目通りを許され、謁見の間に向かった大津は、父の袖をしっかりと握りしめていた。
「大津……もうすぐ殿がおいでになる。手を付いて、きちんとご挨拶をな。」
「父上……。大津のせいで、父上に何かあったら……」
やがて、からり……と絵襖があけられ、小姓が「殿のお出ましでございます。」と告げた。
教わった通り伏したままの親子の頭上から、藩主が優しい声を掛けた。
「おお、よく来たな、大津。」
「はい……」
「実は、珍しい南蛮菓子が手に入ってな、そちにやろうと思って呼んだのじゃ。菓子は好きか?」
「お菓子……?好きです……あっ!」
菓子と聞き、思わず顔を上げてしまった大津は、すぐ間近に藩主の顔があるのに驚いて、ぱっと伏してしまった。
「どうした?菓子は嫌いか?苦しゅうない、面を上げよ。ほら、これをご覧。卵を入れてふんわりとかまどで焼き上げた菓子だそうじゃ。名は、確か……かすてえらという。甘い匂いがするだろう?」
「かすてぇら?」
「そうじゃ。口を開けてみよ、そら。あ~ん……」
甘い匂いについ釣られて、あ~んと開けた大津の口に、藩主はほろほろと甘い焼き菓子の欠片をぽんと入れた。
「まぁ、おいし……」
「そうか。うまいか?やっと笑ったな。残りは帰りに土産にもたせてやる故、大槻義高にも食べさせてやるといい。」
「はい。ありがとうございます。義高さまといただきます。」
「さてと……実はな。少々困ったことが起こって、その方等を呼んだのじゃ。」
「困ったことでございますか?はて……しかも、初登城の大津にお話とは。」
国家老は藩主の真意が見えず、言葉尻を重ねて問うた。
「昨日、武芸指南役の高坂が、職を辞して参った。」
「高坂殿が?それはまた何故に……」
「なんでも嫡男の高坂一颯が、大槻義高に対して卑怯なふるまいをしたと打ち明けたので、親として許すわけにはいかぬと言って居る。私闘は藩でも厳しく禁止しておるが、実際のところはどうなのだ?大槻義高を呼んで評定に掛けて御詮議いただきたいと、高坂は申して居るが、あれは他藩の者だし元服も済んでおらぬ。そこへ、そちの隠居届けじゃ。大津は傍に居たそうだが、何か知っておるか?」
聞かれて大津は父を見やり、頷くのを確かめて静かに口を開いた。
「……お殿さま。高坂さまとは、もう仲直りいたしました。高坂さまが、すまなかったとおっしゃって大津と義高さまは、許しました。それに、大津も高坂さまにお怪我をさせたのですから、もしも高坂さまがお咎めを受けるのでしたら、大津も共に罰していただかなくてはなりません。」
「そうか。……この可愛らしい大津を罰したくはないなぁ。どうだ、高坂。大津が許せと言って居る。」
呼ばれて入ってきた高坂は、武芸者らしい隙のない動作で、慇懃に礼をした。
「はっ。こればかりは……許せと申されましても、仮にも武門の家に生まれた一颯がこのようなか弱き女子の手で、怪我をさせられるとは、ますますもって情けない……。かくなる上は、一子一颯は勘当と致しまする。では、わたしはこれにて。」
「待たれよ、高坂殿。大津はかような形をさせておりますが、れっきとした男子でござる。」
「なっ?!……」
国家老の言葉に、藩主と高坂が共に絶句した。無理もない。
そこにいるのは、皆が良く知る三国一の美姫と言われた母によく似た顔の小さな女童だった。華奢な手首が袖から覗いていた。
「不本意ながら生まれ付いての線病弱で、このような形をさせております。成人するまではとても生きられまいと思っておりましたので、殿にも誕生の祝いを頂いておきながら今日まで、うち明けることも叶わず面目次第もございません。」
「それがしこそ、家老の職を返上した上で隠居すべきが妥当。つきましては、せめて大津の元服前に家名を甥に継がせたく、重ねてお願い言上申し上げます。」
大津も共に、神妙に手を付いた。震える声で一生懸命気持ちを伝えた。
「お殿さま。大津はかような身で、つい先まで生まれて来ぬ方が良かったと思っておりました。父上と母上は家名存続が叶ったら、大津の元服の日に、共に彼岸へ渡るおつもりだったのです。大津は、父上と母上には長生きしていただきたいです。……それに、大津のせいで、高坂さまと義高さまが喧嘩をなさったのです。大津もいけなかったのです。どうか一颯さまをお許しください。大津は、一颯さまと仲良くなりました。もう二度と、喧嘩は致しませぬ。だから……だから……」
「もう良い。おいで、大津。」
藩主は手を付いて肩を震わせる大津を呼んだ。
「よしよし、もう泣くな。話は分かった。高坂の武芸指南役は、そのまま。国家老の隠居は聞かぬ。高坂一颯はお構いなしじゃ。それでいいか?高坂、考えてもみよ。黙っておれば良いものを、一颯は叱責覚悟で打ち明けたのだ。これこそ武門らしい行いではないか。勘当などと言わず、褒めてやれ。」
「……はっ。」
「あぁ、良かった……」
大津は藩主に頭を撫でられて涙を拭ったが、溢れる涙はなかなか止まらず藩主の着物を濡らした。
「国家老も考え違いを致すな。かように親を思う子供を、共に冥途へ連れ行こうなどと、余は決して許さぬ。良いな。」
「しかし、それではこれまで殿に偽りを申していた某のけじめがつきませぬ。せめて、家名を甥に譲り、隠居させていただきたく平にお願い申し上げます。」
藩主はふっとため息を吐いた。
「全く。そろいもそろって、融通の利かぬ石頭共め。」
律義な国家老の気持ちもわかるが、実際、参勤交代で江戸づめになると国を安心して託せる人材はいない。
「大津。そちの父上は言いだしたら聞かぬ頑固者じゃ。では、家老職は続けて、いずれ家名を養子に継がせるという事でどうじゃ?高坂も折れたのじゃ、そちも隠居願いは取り下げよ。」
「はっ。」
「戦の無い平和な世になったのだ。藩の安穏こそが肝要じゃ。それにの……男子であろうが女子であろうが、子はどこまでも子じゃ。愛おしいだけでよいではないか。のぅ大津、又、かすてぇらが手に入ったら呼んでも良いか?」
「はい。大津はかすてぇらが好きです。父上と母上と……義高さまの次に。」
「そうか、では余は?」
「かすてぇらの次に好きです。」
「これ、大津!無礼を申すな。」
「はは……良い良い。又、会おうぞ。」
どっと冷や汗をかいた国家老と高坂は、互いに苦笑していた。
本日もお読みいただきありがとうございました。
大津は藩主の前でも、天然炸裂しています。
(〃゚∇゚〃) 大津 「かすてぇら、好き~」
(°∇°;) 国家老 「と、殿。申し訳ございませぬ。」
(〃^∇^)o彡□ 殿 「構わぬ。可愛いのう。」
二日分アップなので長いのです。途中で切るのはどうかと思いましたので、いっぺんにあげてしまいます。
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