優しい封印 28
祝杯だった。
涼介と由紀子は求に付き添って、留守にしていた。
「間島も、弟にとち狂ったりしなかったら、向坂の坊の所でいっぱしの極道になっただろうになぁ。」
酒がすすみ、劉二郎は珍しく饒舌だった。
「若い頃は乱暴者でも、大抵の奴は組織の中に入って修行してゆくうちに、極道らしくなって来るもんだ。極道には昔から「馬鹿でなれず、利口でなれず、中途半端で直なれず」って、言葉が有ってな。親(組長)が踏み潰した若い雑草が、立派に伸びて一人前に組を張るのを何人も見て来たが、間島は一途過ぎたんだろうなぁ。」
「えっ?おやっさん。あれを一途って言うんですか?」
驚いた月虹が思わず問う。
月虹には極道流の考えは、まだ染み付いていなかった。
「一途じゃなきゃなんだってんだ?涼介の親父さんやお袋さんには迷惑極まりないが、ただ一人を二十年近くひたすら思って来たんだ。俺ぁ、間島は一途な奴だと思うぜ。」
「月虹の兄貴。間島は方法を間違えただけじゃないかと、おれも思いました。」
六郎は劉二郎に同意した。
「何で、そう思う?」
「実は……撃たれて転がった間島の背中の緋鯉の横に、水流紋に浮かぶ桜が彫ってあって、腋下に隠し彫りが有ったんです。」
「へぇ……」
隠し彫りというのは表から見えないところ(腋や内腿など)に、秘密裏に自分の愛する者や、思い入れのあるものの名を彫り込むことを言う。
「花弁に「求 命」と入れたのを見て、おれは涼介やお袋さんには悪いけど、ほんの少し間島を哀れに思いました。おれも親と上手くいかないはみ出し者だったから、少しは気持ちがわかると言うか……勿論、ああいうのは許されないことだとは思うんすけど、あいつは本当に涼介の父親が欲しかったんですよ。」
「乱暴な奴だったらしいから、誰にもまともに相手されなかったんだろう。愛し方がわからないなんて、いい年こいて言えなかったんだろうなぁ。まあ、何にせよ、涼介の親父さんが、無事で良かった。ヤクが抜けるまでは大変だろうが、由紀子さんと涼介がいるんだ。大丈夫だろう。」
月虹は鴨嶋のグラスに焼酎を注いだ。
「向坂組に、とんだ借りが出来ましたね。」
「俺の代で鴨嶋組は終わりだと思っているが、最後まで無理させることになるな、月虹。形だけでも、やつは幹部だ。義理事にしちまえば、また、香典が動く。向坂にはでかい金が転がりこむ。間島の最後の親(組)孝行だな。」
「おれは、おやっさんに惚れこんでいますからね、金位いくらでも工面しますよ。スケコマシの月虹は、女に貢いでもらってなんぼですから、間島の香典分せいぜい腰振ってきます。」
「何言ってやがる。お前、女も男もめったに抱かねぇじゃねぇか。」
「やだなぁ、スケコマシが一々、女を相手にしてたら体が持ちませんよ。」
「確かに、そう言うこったな。極道は適材適所じゃねぇ、適所適材だ。交渉ごとには顎(弁)の立つやつ、脅しには顔の怖いやつ、スケコマシには顔の良いやつ、初めに仕事ありきだ。おめぇはスケコマシに天賦の才があるぜ。良い面に産んでくれた親に感謝しろよ。」
「なんか、それ褒め言葉と取っていいんですか?複雑だなぁ……それよりもね、おやっさんの紙ぱんつ買ってこいには、痺れましたよ。やっぱりかっこいいっすよ、おやっさん。」
「大事な場面で、ちびらなくて良かったぜ。年取ると、年々前立腺がやばくなっていけねぇや。」
劉二郎に、俺に惚れるなよと言われて、もう遅いですよ、首ったけですと、月虹は笑った。六郎も頷いて笑った。
涼介が、もう泣かずに済むと思うと、劉二郎の気持ちも晴れやかだった。
現役から退いて、市井の中に生きる鴨嶋劉二郎は、こうして図らずもまた極道の世界で一つ伝説を作った。
本日もお読みいただきありがとうございます。
社会のはみ出し者だからこそわかる、間島の孤独と闇なのです。(´・ω・`)
義理事には、お金が動きますね~
おれの出番です。(`・ω・´)←月虹 此花咲耶
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