優しい封印 30
涼介を連れて、見舞に来た鴨嶋劉二郎の姿を見た由紀子は、立ち上がると深々と頭を下げた。
「鴨嶋さん……ありがとうございました。」
「ご主人の様子は?」
「お陰様で、数時間前に目を覚ましました。意識ははっきりしています。」
求は、無精ひげを綺麗に当たってもらい、静かに横たわっていた。その細い姿は、残酷な凌辱に何日も耐えたようには見えなかった。穏やかに薄く微笑みさえ浮かべて頭を下げる求の姿に、劉二郎は内心ほっとしていた。
由紀子は廊下を挟んだ面会室へと、劉二郎を案内し病状の説明をした。
「覚醒剤が抜けるよりも、精神的に受けた傷の方が癒えるのには時間がかるだろうと、先生がおっしゃったのですが……主人は大丈夫だと思います。涼介が最後に伝えた言葉を覚えていました。」
「それは……?」
「お父さんはぼくが助ける。いつかきっと三人で一緒に暮すんだから、絶対あきらめないでと、あの子は言ったそうです。それに、お義兄さんが、主人に最後の最後に言ったそうです。真意はわかりませんけれど……もう、自由にしてやるって。」
「ほう……」
「覚醒剤を打たれたら、幻覚を見たり幻聴を聞くことは多いそうです。でも、もしも薬のせいの幻聴なのだとしても、義兄の言葉を一緒に信じたいと思いました。その言葉で求さんが楽になれるなら、幻聴でも良いんじゃないかと思います。」
声を潜めて懸命に語る由紀子を、ぶれない強い女だと思う。きっと支えになるだろう。
「ご主人と、少し話をしてもよろしいかな?」
「勿論です。今は落ち着いていますから大丈夫だと思います。どうぞ会ってやってください。主人には、鴨嶋さんの所で涼介がお世話になった話もしてあります。」
劉二郎が部屋に入ろうとすると、こちらを向いた求と目が合った。
「あんたに一言だけ言いたくてな。邪魔するよ。」
劉二郎は努めて優しい好々爺の顔を作った。
目の前に横たわる求は、聞いた年齢よりもはるかに若く頼りなく見える。
そこにいる涼介の父親は、けぶる眼差しを持ち、劉二郎の目には頑是ない少年のように見えた。
迷惑な話だろうが、世の中には確かに、年齢性別に関係なく「そそる相手」というのは存在する。嗜虐の血が流れている者にとっては、こいつは食指の動く対象なのかもしれないと胸の内で思う。
とことん虐めて泣かせたい、なますに刻みたい、気を失うまで凌辱したい、縄目で喘がせたい……相手をそんな風にしか愛せなかった哀れな男の存在を今の鴨嶋は知っている。
鴨嶋組に居る月虹のように、男女どちらからも好かれ、誘蛾灯のように人を惹きつける存在が間近にいるから、相反する間島に執着された求が気の毒でならなかった。
「鴨嶋……さんです……か?」
「ああ。」
求は劉二郎から視線を外さなかった。これは、深淵を見続けた者の目だ……と劉二郎は思う。劉二郎の記憶の中では、生きながらに地獄を見た、戦地から引き揚げた兵隊がこんな目をしていた。
「これまで良く頑張ったな。あんたは、もう自由になっていい」
求は、そう言った鴨嶋劉二郎を、驚いたように見つめていた。
双眸に涙がぐっと盛り上がる。涼介と妻の話から、この眼光鋭い老人が自分を救出するために骨を折ってくれたと知っていた。
ぱたぱたと思いがけず溢れた涙に、求自身が驚いていた。思わず両手で目許を拭った。
「……あり……がと……うござい……ます……」
かすれた声の求に、どれほどの災禍が及んでいたか想像がつく。叫び続けた求の声は、まだ元に戻っていない。生きているのが不思議なほどの加虐で負った裂傷にも、長い加療が必要だった。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。(〃゚∇゚〃)
もしかすると、もう一話伸びるかもしれません。
何だか、主人公がじいちゃんみたくなってきました……(´・ω・`)
( *`ω´) 涼介「おれが主人公のはずだぞ……」
[壁]ω・)此花「……うん……おかしいねぇ……」
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