優しい封印 20
一度は出席を断った鴨嶋劉二郎が、関東興産先代の法要に顔を出すと言う話は、周囲に色々な憶測を呼んだ。
いつも傍らにいる月虹の存在もあり、ついに引退を決意したのではないかと、顔役の面々は噂した。高齢とはいえ最後の侠客と言われる鴨嶋劉二郎の人気は、極道の間でも高い。
「鴨嶋の叔父貴、ご苦労様です。」
ざっと並んだ黒服の男たちが、並んで頭を下げた。
関東興産の社長、実は向坂組組長は、父親が存命中に鴨嶋劉二郎と義兄弟の盃を交わしたことを知っている。
向坂組を先代から受け継ぐときに、跡目に指名した兄貴分の劉二郎が、自ら身を引いた話を親から聞いて知っていた。
「鴨嶋の兄貴に何かあったら、俺ぁ組を捨ててでも、駆け付けなきゃいけねぇんだ。」
先代はそんな話をよくした。
「あの人は、いつも自分を捨てて周囲を助けてばかりだった。人の尻拭いばかりで若ぇ時から損ばっかりしてな……親父が向坂組を劉二郎に継がせようと思うって打診したときも、自分にはガキもバシタもいないからって、弟分の俺に華もたせてくれてな。いつも鴨嶋の兄貴は、俺を本当の弟みてぇに盛り立ててくれたのよ。兄貴には一生かかっても返せねぇ恩があるんだ。」
向坂は、最後に鴨嶋劉二郎の姿を見たのは、先代が肝臓がんで余命いくばくもないと分かった時だったのを思いだした。
見舞いに来た鴨嶋の手を握り締めて、痩せ細った向坂は、一目もはばからずぼろぼろと子供のように泣いていた。
「兄貴ぃ……俺ぁ、こんなになっちまったよ。人様を泣かして気ままに生きた罰が当たったのかなぁ……」
「向坂よ、堅気の衆を泣かせちゃいねぇお前に、仏罰なんか当たるかよ。これまで、よぉく頑張ったなぁ。息子がちゃんと跡目を継いで、組も大きくなったじゃねぇか。俺ぁ、これからも向坂の子組として支えるからな。安心しろよ。」
「そうしてくれるのか。鴨嶋の兄貴が後見についてくれたら、向坂組は怖いものなしだ……良かった。ああ、良かった……」
*****
葬儀の時も、今回の法要の席でも、鴨嶋は度々顔役が驚くほどの結構な額の香典を包んだ。
「鴨嶋の叔父貴。本日はお運びくださってありがとうございます。草葉の陰で親父も喜んでいることと思います。」
「おぅ。てえしたことはできねぇが、先代は俺にとっちゃ、身内みたいなもんだからな。」
「ありがたいこってす。」
法要の後の席で、向坂は鴨嶋だけに挨拶をし、自ら酒を注いだ。劉二郎も機嫌よく盃を受けた。
「親父が亡くなる前に鴨嶋の叔父貴には、言葉では言い尽くせねぇほど世話になったと言い残しました。いつか叔父貴に何かあったら、どんなことがあっても駆け付けるようにというのが遺言です。」
「律儀なこった。あいつらしいや。」
「叔父貴。恩返しも出来てない向坂に、鴨嶋組からの月々の上納金は、もう止しにしてくれませんか?暴対法で締め付けは厳しいんですが、親の遺言なんです。これ以上、鴨嶋の叔父貴に世話になったんじゃ、いつか彼岸で俺が叱られます。」
「……そうかよ。だがなぁ俺も子組になるって決めた以上、親を立てる面子もあるしなぁ。こいつ、仙道月虹って言うんだが、こいつも俺の目の黒いうちは、とことん見栄を張れってうるさいのよ。」
月虹は静かに頭を下げた。
「それよりもな。一度聞いておこうと思ったが、向坂組じゃヤクをやってるのか?」
「ヤクですか……」
一瞬、向坂の顔が強張ったのを、鴨嶋は見逃さなかった。
本日もお読みいただきありがとうございます。(*⌒▽⌒*)♪
何だか893小説に……BLはどこ……?
何もわからないので、思いきり想像上の893の世界です。
温かい目でお読みいただければ幸せです。 此花咲耶
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