優しい封印 21
ずいと膝を進めて、劉二郎は向坂に返杯した。
鋭い眼光の前に、向坂は内心圧倒されている。懐の深さ、胆力、どれを取っても、目の前の年寄りの方が自分よりも数段上だと認めざるを得ない。くぐってきた修羅場の質が違う……と思った。
「なぁ、坊よ。大昔の事だがな、俺ぁ、ムショに行ってる間にバシタをヒロポンで失くしてなぁ……。死んだ向坂が跡目を継ぐときに、言ってくれたのよ。向坂組では金輪際、ヤクはやりませんってな。兄貴みたいに身内をヤクで失くした奴を見るのは辛いからって、向坂はバシタの位牌に誓ってくれた。俺ぁ、その時、あいつの前で泣いたぜ。気持ちが嬉しくてなぁ……。俺も極道の端くれとして、ヤクが一番金になるのは知っちゃいるが、あいつは俺の気持ちを汲んでくれたのよ。今は関東興産と名前が変わっちまったが、俺と先代の約束事ってのは生きてるかい?」
「そりゃあ、もう……あの、叔父貴。」
向坂が言い訳めいたことを口にする前に、鴨嶋劉二郎は先手を打った。
「もしも、約束事なんざ紙に描いた餅だって言うんなら、言わせて貰いてぇ。俺ぁ、子組として生きると決めてから、月々の上納金は欠かしたことがねぇ。それは筋者(すじもん)としてのけじめだと思ってるからな。世間の鼻つまみだろうが何だろうが、極道には極道の仁義というものがある。先代とはそう言う約束を交わした上で、俺ぁ、義兄弟の盃を交わしたが、おめぇはどうだ?向坂の坊よ。……え?」
向坂は悪さを見つかった子供のように、その場で固まっていた。
鴨嶋劉二郎は確かに一度も親組に収める上納金を遅延したことがない。そればかりか、義理堅く関東興産を起こしたときも、きちんと祝い金と花輪を届けて来ていた。てぇした爺さんだと、宴席で他の顔役と酒のつまみに話をしたことも一度や二度ではない。
それに引き替え、自分は親の遺言だなんだと言いながら、表向きは薬に手を出していないことにしているが、下の者が手を出しているのを黙認している。
しかも鴨嶋劉二郎は、恐らくそこに気が付いている。
思わずごくりと咽喉が鳴った。
何度も鉄砲玉の下をくぐって来た極道の向坂が、真っ直ぐに自分を見つめる鴨嶋に気圧されていた。
高齢で足腰もよぼよぼの鴨嶋劉二郎は、気圧(オーラ)を放ち向坂を制していた。周囲も言葉無く、じっと成り行きをうかがっていた。
「……鴨嶋の叔父貴。叔父貴の言葉は、親父の言葉だと思って聞くつもりでいます。言いたいことが有るなら、どうぞおっしゃって下さい。自分が出来る事なら、何なりと役に立ちたいと思います。」
「おう。だったら一つ、教えてくれねぇか。最近、おめぇん所の幹部になった奴が居るだろう?ムショから出たばかりの間島って野郎だ。あいつが何をやってるか、知らないか?」
「間島?……準一郎ってやつですか?あれは手に負えない狂犬ですよ。」
「てめぇの所の幹部が手におえねぇってのか。坊よ、そりゃあ親とは言えねぇぞ。親なら、いくら忙しくても、子の躾はきちんとせにゃあならん。」
「はい。それは重々わかっておりやす。」
向坂の傍に控えていた男が静かに姿を消したのを、ちらりと劉二郎は見てふっと相好を崩した。
乾坤一擲(けんこんいってき)
さいころを擲(な)げて、その1回だけの賽(さい)の目に、天が出るか地が出るかを賭(か)けることをいう。「乾坤」は天地のこと。「一擲乾坤を賭(と)す」ともいい、運を天に任せて、のるかそるかの大勝負をすることをいう
本日もお読みいただき、ありがとうございます。
じいちゃん、結構大物だったみたいです。
(`・ω・´)じいちゃん「まだ、ちびってないぞ。」
求さんの奪還に向けて、じいちゃんがんばります。此花咲耶
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