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小説・若様と過ごした夏・30 

「乳母や!」


乳母だったんだ、この人・・・


「みんないなくなってしまったの。」


若様は濡れた瞳で、お芳さんの胸の中にいた。


「わたしはずっと母上を探していたのに、どこにもいないんだ。

乳母や。母上はわたしを探さなかったのか・・・?」


「影様。ずいぶんお探しいたしましたよ。」


乳母は、懐かしい若様の頭を愛おしそうに撫ぜた。


あたしの頬を、意思に反して涙が伝う・・・


「奥方様にお頼みされて、あちらこちら一生懸命お探しいたしましたとも。」


「母上様も、最後までお名前をお呼びでした。」


「わたくしの宗太郎を探して、ここに連れて来ておくれと。」


「そうだったのか。」


「わたしは、燃えてしまって、どこにも逝けなくなったのだ。」


「宗太郎が来るまで、ずっと長い間、わたしは燃えてしまった座敷の有った場所から動けなかった。」


不幸な死に方をしたものは、地縛霊となってその場所に囚われることが多い。


宗ちゃんは知らぬ間に、お城のあった山の中腹のお墓で、若様を助けたらしかった。


「・・・どうすれば、わたしは母上に会えるかの・・・?」


あたしの中の人と、あたしの考えは同調した。


「おそらくは、法要の席にてお会いできると。」


「母上様は影様がお隠れになった後、しばらくしてご病気になられました。」


「兄上様はご成人後、向坂を討ち取り篠塚を再興した後、城で亡くなった影様と家臣のために、慰霊の塔を御建てになりました。」


「では、兄上は定命まで健やかにお過ごしになられたのだな。」


「はい。影様のおかげにて。」

「よかった!

わたしは病弱な兄上がずっと心配だったのじゃ。」


小さくても、篠塚の若様はとても立派だった。


「影様。

この者の身体には、お芳は長居はできませぬゆえ、しばしの間お別れ致します。」


「乳母や。・・・わたしを置いてゆくな。」


「お芳は、影様を置いて一人であの世に参ったり致しませんよ・・・」


ふんわりと柔らかな声で、お芳さんは若様を抱き上げ頬を寄せた。


「しばしご辛抱あそばして、共に参りましょう、影様。」


あたし(乳母)の首に、若様は年相応にかき付いて聞き分けよく離れた。


「ご当主殿。来る法要の際にはよろしく頼む。」


今の、あたしじゃないからね、おばあちゃん。


おばあちゃんは、頷いた。


「では、法要の席に若様をお連れ下さい。」


うまくいけば、お芳さんと一緒に若様は成仏できるはず。


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