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小説・若様と過ごした夏・28 

「は、母上・・・兄上・・・」


あたしの胸で泣きじゃくるのは宗ちゃんなのか、若様なのか・・・もう、どっちでもいいと思った。


あたしは若様をぎゅうっと抱きしめて、一緒に泣いた。


今、あたしの見た(あたしに見せた?)落城の風景は、きっと若様が見たこの世での最後の場面だと思う。


佳奈叔母さんとママが、お寺で聞いて帰った話も、きっとこれだった。


宗ちゃんの強い霊媒体質が、あたしにそれを霊視させた。


そのご家老様という人は、全身大火傷で火ぶくれとなり菩提寺へと担ぎ込まれたそうだ。


住職に苦しい息の下から、全てを打ち明け若様の「影殿」の菩提を弔うように頼んだらしい。


「せめて・・・供養を。」


そういい残して、絶命した。


・・・でも、影に名前はなかった。


戒名は、生前名前のある人に付けられるものだから。


住職は、次の住職に当てて日誌を書き上げた。


それは代々の住職だけが知る秘密事項になり、何百年もの間、篠塚の当主すら知らない秘め事だった。


大法要の席に、初めて語られた城主と落城の秘密。


密かに営まれた、名もない若君への供養。


同じ名前の宗ちゃんが、見つけて連れてきたのも不思議な出来事だった。


霊感の強いあたしが夏休みに居合わせたのも、偶然・・・?

あたしは、宗ちゃんのほっぺたのスイカの種を、指でぴっと弾いた。


「会いに行こう若様、母上に。」


泣き濡れた頬を、甲でちょっとぬぐって宗ちゃんは若様の顔になった。


「・・・母上に?真子はわかるのか?」


「きっと。」


火の中で亡くなった若様は、きっと亡くなった後、どうしていいのか判らなかったのだと思う。


ほら、よく言うじゃない。


お迎えが、来るって。


親より先に亡くなった若様は、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかったのだと思う。



こうなったら、もう一肌脱ぐしかない。


あたしは、涙を拭いて両腕に浮き上がった鳥肌をさすった。


宗ちゃんはもう体力も限界で、ぐったりと横になっていたのをあたしは励ました。


あたしは視えた映像を持て余しながら、お寺の青石のところにいた霊に会ってみようと思っていたのだけど、この状態じゃ宗ちゃんは役に立ちそうにない。


仕方ないけど。


今のところ、あたしに見えるのはご先祖様の霊だけだから、もしかすると青石のところにいる人は若様につながる人なのかもしれなかった。


前向きな期待ばかりで、どうなるかわからなかったけど、とにかく若様が泣かなくて済むように、何とかしてあげたかった。


あの人が、若様の母上なら良いんだけど・・・


「真子。

お寺に行くなら、おばあちゃんが一緒に行くわ。」


宗ちゃんが使い物になりそうになかったので、一人で行くつもりだったけど・・・


本当はちょっと心細かったので、おばあちゃんの申し出はうれしかった。


ご先祖様からしたら、おばあちゃんは直系だから、あたしよりも霊には親しみやすいかもしれないしね。


大法要は、明後日に迫っていた。

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