朔良咲く 2
朔良の記憶はそこでぷつりと消えている。
思いだそうとしても思いだせない。
深いところにある記憶を無理に手繰ろうとすると、恐ろしい夢魔が淵から現れて朔良を喰らおうとし、パニックを起こした。
学校に馴染めない高校生に何をされたか、心配する親と質問する警察官に朔良は何も言えなかった。
ママに言っちゃ駄目だよ……という強い暗示が、朔良を捕らえていた。
公園裏で乱暴された朔良を、最初に見つけたのは彩だった。
あちこちに、ぶよに食われたような赤い斑点を付けて転がる朔良は、ぽかりと虚空を見つめて、投げつけられて壊れた人形のように変な姿勢で横たわっていた。
「朔良?こんなところにいたの?みんな捜してたんだよ?かくれんぼはお終いだよ。」
青い空を見つめていると、突然視界に大好きなおにいちゃんの顔が入ってきた。
「どうしたの?ここでねんねしてたの?……よいしょ。ほら、おっきして。」
手を引かれてふいに現実に引き戻され、朔良は目の前の優しいおにいちゃんが、怖いやつをやっつけて自分を助けに来てくれたと誤解した。
べたべたと何かでぬるつく下肢が気持ち悪く、どうしようもなくておにいちゃんにかきついて朔良は泣いた。
「ふぇっ……ああぁ~~~ん……あ~~ん……」
「朔良?どうしたの?あれ……ぱんつなくしてしまったの?困ったなぁ……お風邪ひいちゃうよ。朔良は直ぐにお熱が出るからたいへん、たいへん。」
一つ上の彩は、下着を奪われた朔良に気が付くと、着ていたお気に入りのジャンバーを脱いで朔良の腰にきゅと巻いた。
立たせると、つっ……と、白い腿に鮮血が一筋流れ滴った。朔良が怪我をしていると驚いた彩は、必死に朔良を抱き上げた。
「よいしょ。大丈夫、朔良?ぼくがいるからね。痛いの、痛いの、とんでいけ。お薬塗ってもらおうね。おんぶする?」
「だ……っこ……」
「だっこがいいの?よし、おにいちゃんがんばる。おいで。」
一歳しか違わない彩にとって、朔良を抱くのは大層骨の折れる行為だったが、休憩もせずに、引きずるようにして必死に大人の居る場所まで朔良を運んだ。
彩は朔良が怪我をして動けなくなったと、勘違いしていた。
「朔良のおばさん。朔良、怪我してるみたいなんだ。カットバン貼ってやって?」
「朔良っ!?」
「ママ……」
身体中に出来た擦り傷。
何よりも、下肢を這う一条の血の跡。
何が起こったか理解した朔良の母親は、声にならない悲鳴を上げてひしと我子を抱いた。痛ましいものでも見るように、遠巻きにした人々は心無い噂をした。
「可哀想にね。織田さんちの朔良君、誰かに乱暴されたそうよ。あんな風に綺麗な顔をしてるのも考えものねぇ。」
「ほんと、お気の毒……」
くたりと真っ白な顔で倒れ込んだ朔良は、気を失っても、しっかりと彩の袖を掴んでいた。
まるで生まれたての雛が、最初に見た者を親だと認知する刷り込みのように、その日から朔良は妄信的に彩を求めた。
*****
「朔良。高校はどこを受けるんだ?」
「おにいちゃんと同じ所。」
「俺の所か……難しいぞ?一応進学校だからな、中学の学年順位でいうと5位くらいにいないとA判定にならないんじゃないか?この間の模試はどうだったんだ?」
「……おにいちゃんのバカ。」
「は……?」
「行くと言ったら、行くんだよ。もう決めたんだ。滑り止めなんて受けない。」
きっぱりと言い切った朔良の握り締めた拳が、ふるふると震えている。
最近彩は、殆ど朔良を構ってくれない。それが不満だった。
彩は中学から始めた野球が面白くて、高校でも野球部に所属している。進学校にありがちな弱小野球部で、試合もまともに組めないような部員数しかいないが、彩は朔良の事を構わずに懸命に白球を追っていた。
一方の朔良も、子供の時のようにつきっきりで自分の傍に居てくれと言うには、自尊心が高すぎた。
それでも、できるだけ彩の傍に居たかった朔良は、同じ高校を受験することにした。
「受けるのはいいけど、俺は野球が忙しいから、面倒は見てやれないぞ?身体は大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃなくても、行くの。もう、決めたから。」
そう宣言した朔良は、それから猛勉強を開始して、本当に彩と同じ高校に受かってしまった。
本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
朔良の一途な思いの原点です。(´・ω・`) 「おにいちゃんがすき……」
「行くぞ~!」(〃^∇^)o彡〇 ←野球しか興味のない彩 せつないね~[壁]ω・)朔良、覗き見中~
思いだそうとしても思いだせない。
深いところにある記憶を無理に手繰ろうとすると、恐ろしい夢魔が淵から現れて朔良を喰らおうとし、パニックを起こした。
学校に馴染めない高校生に何をされたか、心配する親と質問する警察官に朔良は何も言えなかった。
ママに言っちゃ駄目だよ……という強い暗示が、朔良を捕らえていた。
公園裏で乱暴された朔良を、最初に見つけたのは彩だった。
あちこちに、ぶよに食われたような赤い斑点を付けて転がる朔良は、ぽかりと虚空を見つめて、投げつけられて壊れた人形のように変な姿勢で横たわっていた。
「朔良?こんなところにいたの?みんな捜してたんだよ?かくれんぼはお終いだよ。」
青い空を見つめていると、突然視界に大好きなおにいちゃんの顔が入ってきた。
「どうしたの?ここでねんねしてたの?……よいしょ。ほら、おっきして。」
手を引かれてふいに現実に引き戻され、朔良は目の前の優しいおにいちゃんが、怖いやつをやっつけて自分を助けに来てくれたと誤解した。
べたべたと何かでぬるつく下肢が気持ち悪く、どうしようもなくておにいちゃんにかきついて朔良は泣いた。
「ふぇっ……ああぁ~~~ん……あ~~ん……」
「朔良?どうしたの?あれ……ぱんつなくしてしまったの?困ったなぁ……お風邪ひいちゃうよ。朔良は直ぐにお熱が出るからたいへん、たいへん。」
一つ上の彩は、下着を奪われた朔良に気が付くと、着ていたお気に入りのジャンバーを脱いで朔良の腰にきゅと巻いた。
立たせると、つっ……と、白い腿に鮮血が一筋流れ滴った。朔良が怪我をしていると驚いた彩は、必死に朔良を抱き上げた。
「よいしょ。大丈夫、朔良?ぼくがいるからね。痛いの、痛いの、とんでいけ。お薬塗ってもらおうね。おんぶする?」
「だ……っこ……」
「だっこがいいの?よし、おにいちゃんがんばる。おいで。」
一歳しか違わない彩にとって、朔良を抱くのは大層骨の折れる行為だったが、休憩もせずに、引きずるようにして必死に大人の居る場所まで朔良を運んだ。
彩は朔良が怪我をして動けなくなったと、勘違いしていた。
「朔良のおばさん。朔良、怪我してるみたいなんだ。カットバン貼ってやって?」
「朔良っ!?」
「ママ……」
身体中に出来た擦り傷。
何よりも、下肢を這う一条の血の跡。
何が起こったか理解した朔良の母親は、声にならない悲鳴を上げてひしと我子を抱いた。痛ましいものでも見るように、遠巻きにした人々は心無い噂をした。
「可哀想にね。織田さんちの朔良君、誰かに乱暴されたそうよ。あんな風に綺麗な顔をしてるのも考えものねぇ。」
「ほんと、お気の毒……」
くたりと真っ白な顔で倒れ込んだ朔良は、気を失っても、しっかりと彩の袖を掴んでいた。
まるで生まれたての雛が、最初に見た者を親だと認知する刷り込みのように、その日から朔良は妄信的に彩を求めた。
*****
「朔良。高校はどこを受けるんだ?」
「おにいちゃんと同じ所。」
「俺の所か……難しいぞ?一応進学校だからな、中学の学年順位でいうと5位くらいにいないとA判定にならないんじゃないか?この間の模試はどうだったんだ?」
「……おにいちゃんのバカ。」
「は……?」
「行くと言ったら、行くんだよ。もう決めたんだ。滑り止めなんて受けない。」
きっぱりと言い切った朔良の握り締めた拳が、ふるふると震えている。
最近彩は、殆ど朔良を構ってくれない。それが不満だった。
彩は中学から始めた野球が面白くて、高校でも野球部に所属している。進学校にありがちな弱小野球部で、試合もまともに組めないような部員数しかいないが、彩は朔良の事を構わずに懸命に白球を追っていた。
一方の朔良も、子供の時のようにつきっきりで自分の傍に居てくれと言うには、自尊心が高すぎた。
それでも、できるだけ彩の傍に居たかった朔良は、同じ高校を受験することにした。
「受けるのはいいけど、俺は野球が忙しいから、面倒は見てやれないぞ?身体は大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃなくても、行くの。もう、決めたから。」
そう宣言した朔良は、それから猛勉強を開始して、本当に彩と同じ高校に受かってしまった。
本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
朔良の一途な思いの原点です。(´・ω・`) 「おにいちゃんがすき……」
「行くぞ~!」(〃^∇^)o彡〇 ←野球しか興味のない彩 せつないね~[壁]ω・)朔良、覗き見中~
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