朔良咲く 14
小学校も入学以来、ほんの数日しか通えていないという。
「せんせい。王子さまは、いずちゃんに会いに来たのかなぁ。」
「どうかな?お話してみようか。」
「いずちゃん、王子さまとお話するのはじめて……。どきどきする。」
島本が手を上げて自分を呼んでいるのに、朔良は気付いた。
出来る限りの不機嫌そうな表情を作り、渋々傍に行く。
「……なに?」
「悪いが、話し合わせてくれ。」
「は?」
「王子さま。いずちゃんに会いに来たの?」
「僕……?王子さまなんかじゃな……っ!」
ぎゅっといきなり上から肩を押されて、朔良は仕方なく少女の目線まで降りた。
「王子さま。はじめまして。いずちゃん、ドレスじゃなくてごめんなさい。」
「……はじめ……まして……」
少女のきらきらと輝く目には、朔良は絵本の王子さまにでも見えるのだろうか。上気した頬で、じっと朔良の言葉を待っている。
その状態に困ってしまった朔良は、そっと手を伸ばし頭を撫でようとしたが、ヘッドギアに阻まれた。
仕方なく上げた手で、柔らかな子供の両頬をゆっくりと包み込んだ。
朔良の行動に、訳の分からない島本は唖然としながら見守っていた。
「あ……の。がんばってね……。歩く練習は、痛くてとても辛いと思うけど。」
「うん。いずちゃんね、時々一人で泣くの。」
「そうか……一人で。えらいね。」
「王子さま。また、いずちゃんに会いに来る?」
ちらと島本を見たら、頼むと目の前で手を合わせていた。
「え……っと……うん。この病院には時々来るから、会えるといいね。後ね、僕は王子さまじゃなくて、朔良って言う名前なの。織田朔良っていうんだよ。」
「王子さまじゃなくて、さくらちゃん?いずちゃんの保育園のお友達と同じお名前だ~!」
いずみの目線に島本も降りた。
「いずみちゃん。それじゃ訓練室に戻ろうか。先生に抱っこする?」
「ううん、せんせい。いずちゃんはさくらちゃんと手をつなぐの。いこ、さくらちゃん。」
すみませんと、母親が声を掛けて来た。朔良の希な美貌に母親の方が戸惑って、目を瞠っている。
「いいえ。別に急ぎませんから……」
朔良の手に、小さな手がぶら下がるようにしてぎゅっと握った。リハビリ室なら、朔良も良く知っている。
「さくらちゃんにも、王子さまが会いに来る?」
「そうだね。今は一人なんだけど、いつか来てくれると嬉しいね。」
「いずちゃんね、さくらちゃんがぷりきゅあの王子さまなら、魔法が使えると思ったんだけどなぁ。ざんねん。」
「魔法?お願いしたいことが有ったの?」
「ううん、いいの。……さくらちゃんも、パパにお姫さまのドレス買ってもらうの?」
「僕は男だからドレスは着ないよ。ドレスは可愛い女の子が着なきゃね。いずみちゃんが大きくなったら、きっと似合うよ。」
いずみは下から朔良を見上げた。どこか悲しい諦めに満ちた子供らしくない顔だった。
「さくらちゃん、あのね。いずちゃんは大きくならないの。ママが泣くから、ないしょね。」
「え……っ?」
大きくならないって……?
その場で固まってしまった朔良に、いずみは微笑んでばいばいと手を振った。
屈託のない笑顔で、身体を揺らしながら去る少女に、それ以上掛ける言葉を持たない朔良だった。
「朔良姫、ありがとう。助かった。正直、どうしようかと思った。あの子には、朔良姫が王子さまに見えたんだな。」
「どういうこと?あの子、大きくならないって言ってたよ。ママが泣くから、内緒だって。」
「悪いけど守秘義務があるから、患者のことは話せないんだ。ただ、あの子の言う通りだと思う。じゃ……な。」
小さくなっていく少女の姿が、廊下の角を曲がり見えなくなった。
「そんな……」
朔良の中にあった小さな気泡が、ゆらゆらと浮かび上がってぱちんと弾けた。通いなれた総合病院を、いつもとは違う気持ちで朔良は後にした。
本日もお読みいただきありがとございます。(〃゚∇゚〃)
朔良の前に現れた少女の言葉に、深く沈めていた何かが浮かび上がってきました。
(。・ω・。)ノ 「さくらちゃん、またね~」
(´・ω・`) 「うん……」
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