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終(つい)の花 13 

家に帰ると、父は既に晩酌をしていた。
盃を重ね、上機嫌だった。

「父上。ただいま帰りました。今日はずいぶんとお早いお帰りですね。」
「おう、帰ったか、直正。お座り。」
「父上には、何か良きことでもありましたか?」
「あるとも。実はな、わが殿に良い話が有るのだ。何だと思う?」

父は笑みをたたえ嬉しげだった。

「殿のめでたきお話ですか?もしかすると、父上の良き話とは、若殿さまの御婚儀のお話ですか?」
「知っておったのか?」
「はい。今日、教授方からお話を伺いました。皆さま、とてもお喜びで、わたしたちも、お祝いに歌を作って差し上げたいと話をしたところです。」
「つまらぬの。こう言う時は、初めて聞くような顔をするものだぞ。」
「はい。考えが及びませんでした。」
「せっかく早く教えてやろうと、急ぎ帰って来たというのに……」

露骨に興を削がれた顔で、拗ねた父が手酌を重ねる。
子どものようだと、内心直正は苦笑した。

「それでは父上、お教えください。若殿さまは、どこのお姫さまをお迎えになるのですか?」
「うむ。では教えて進ぜる。前の大殿さまの御息女、敏姫さまとの婚儀じゃ。」
「そうですか。やはりめでたい時のお酒は美味しいでしょう?」
「そうだな。一人酒も美味いが、連れと呑むのは、より美味いからな。付き合え、直正。」
「頂戴いたします。」

あっさりと破顔した父は、内心、敏姫ではなく他藩に嫁いだ養女の照姫という名の姫君を哀れに思っている。
藩の事情を直正に話しても仕方のないことだが、敏姫ではなく、容保より三歳年上の養女の照姫という利発で美貌の少女が、容保の正室になるものだと直正の父も藩の重役達も思っていた。
おそらく照姫自身も、幼いころからお付きのものに、いずれは会津の殿さまの正室になるのですよと言われ、松平家に養女に入ったのは容保の正室になる為と思っていたに違いない。

思いがけず生まれて来た敏姫は、前藩主の実子であったから、支藩から養女に入った照姫の立場は危うくなった。
成長した敏姫が正室となったため、照姫は他藩に嫁いだが、子を成すことなく離縁している。
離縁の原因ははっきりとしないが、後に会津藩が江戸を引き上げる際、照姫は実家に身を寄せず、会津藩に戻って籠城する者たちの支えとなった。

その寂しい心の内に、幼い頃、江戸藩邸で優しい笑顔を向けた端整な貴公子は住んでいなかっただろうか。
時折交わす優しい眼差しに、心を震わせる事は無かっただろうか。
敏姫が若くしてみまかった後に、再び照姫を正室の座に迎える話もあったようだが、容保は敏姫亡き後、誰も娶らなかった。

実子であった敏姫に遠慮があったかどうかは分からないが、容保は正室をめとらず側室だけを傍に置いた。
戊辰戦争の混乱のさなかにありながら、病身の容保は側室との間に子をもうけている。
会津を守る為、わが身を新政府に差し出す決心をした容保が、会津藩の事を憂い、病身を押して必死に藩を継ぐべき胤(たね)を残したというべきだろうか。
一身を投げ打ってでも、会津を救おうとした容保の願いは叶わず、会津は滅びへの道を歩むことになる……。

*****

城の中で、互いに労わりあう容保と照姫の姿を、周囲は見て居る。
出戻ってきた義理の姉を、義弟は心を砕いて労わった。
照姫の方も、病弱な身体で激務に赴いた義弟の為に、薬酒などを手ずから用意し、あれこれ心配する文を京都まで送っている。
会津入りした照姫は、いよいよ会津が戦場となった時、城に籠って容保を支え、鶴ヶ城籠城の奥を取り仕切った。
新政府軍に一日二千発もの砲弾を撃ち込まれ、崩壊寸前の城の内部で、絶望に打ちのめされる多くの藩民、傷病兵を励ます様子を記した文書も、いくつか残っている。
重傷者が多く布団が足らぬと聞いた照姫は、自身の打掛や奥で使っている上等の羽二重の布団なども、惜しげもなく運んできた。
彼らの傷に巻かれた包帯は、照姫の帯の芯に使われるはずの白布だったと言う。

照姫の心も、常に会津と共にあった。




本日もお読みいただきありがとうございます。

(〃^∇^)o彡▽「呑め、直正。」
(〃゚∇゚〃) 「はい。頂戴いたします、父上。」

どうやら昔は飲酒に寛容で、白虎隊士の石田和助(さん)なども、日新館から帰ったら自分で熱燗を作って酒を飲んでいた逸話が残っています。寒い地方ですしね~

(*つ▽`)っ)))「酒は飲んでも飲まれるなという話ですよ、.父上、何分身してるんですか~、父上が三人もいるじゃないですか。あはは~!」
Σ( ̄口 ̄*)「しまった。こいつ、酒に弱いのか……?」
(`・ω・´)「あなた!直正!」←母ちゃん
ε=(ノ゚Д゚)ノ 「に、逃げろ、直正。」
ε=(ノ゚Д゚)ノ 「はい。父上。」

*****

容保さまは病身で胸も悪いのに(膵臓も悪く、軽い結核だったのではないかという説もあります)、なぜ側室に子どもができたんだろう……と、その昔、此花は不思議に思っていました。
男の本能かしら……や~ね~とかね。.+(-ω-*)゚.+:イメージ壊れちゃうじゃないの~、とかね。
でも、藩主たる者、お家断絶は一番やってはいけない行為なのです。
命がけで子を成し、無事懐妊が分かった時には、きっと泣いたんだろうなぁ……お城から側室を避難させて生まれた子供に、会津松平家を継がせています。
生まれた子供は、母は身分が違うので、「母上」とは呼べませんでした。悲しいね……

今日は、ちょっぴり横道にそれて、照姫さまのことなど背景説明しておきます。   
疑問に思ったことなどありましたらお寄せ下さい。      此花咲耶


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2 Comments

此花咲耶  

千菊丸さま

お久しぶりです~(〃゚∇゚〃)

> 「終の花」、一話から拝読しております。

ありがとうございます。うれしいっす!(`・ω・´)
下準備が必要だったので、長く放置したままでした。遅筆が悲しい……っす。(´・ω・`)

> 少年時代の、まだ幕末の動乱に巻き込まれる前の一衛と直正のエピソードが心温まりました。

いくつかの必要なエピソードとして「雪うさぎ」の再掲も考えています。
つなぎ目が上手く行けば良いなぁと、思います。

> さて、所変わって鶴ヶ城。
> 会津籠城戦の際の、照姫様の活躍は知っております。

(ノ´▽`)ノヽ(´▽`ヽ)おお~さすがですね。入れたいエピソードがてんこ盛りで困っています。
>
> 2013年の大河ドラマ「八重の桜」でも、照姫様の活躍が描かれていましたね。

凛として美しいお姫さまでした。此花は、きっと二人は相思相愛だけど結ばれないのね~という目線で見ていました。そう思えば、なお楽し。(〃゚∇゚〃)
身体が弱い綺麗な綾野お殿さま。まるでそのままのような気がします。大好きでした。

BLの素材としても、歴史ものとしても、マイナーかもしれません。でも大好きなのでがんばります。コメントありがとうございました。

2015/04/14 (Tue) 16:00 | REPLY |   

千菊丸  

大変ご無沙汰しております。

「終の花」、一話から拝読しております。
少年時代の、まだ幕末の動乱に巻き込まれる前の一衛と直正のエピソードが心温まりました。
さて、所変わって鶴ヶ城。
会津籠城戦の際の、照姫様の活躍は知っております。

2013年の大河ドラマ「八重の桜」でも、照姫様の活躍が描かれていましたね。

2015/04/14 (Tue) 14:07 | EDIT | REPLY |   

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