終(つい)の花 7
「叔母上!ただいま帰りました。」
追鳥狩のお狩場から、息を切らせて直正が運んできた季節外れのセリに、叔母は驚いていた。
「まあ。こんなにたくさん。直さま、一体どこで捜して来たのですか……。」
「そんなことよりも早く、一衛にしぼり汁を飲ませてやってください。」
「はい。」
叔母は直ぐに台所へ走り、一衛の為の薬をこしらえた。
「一衛。もう少しの辛抱だよ。母上がお薬を作ってくれたら、直ぐに楽になるからね。」
直正はひゅうひゅうと喉の鳴る一衛の様子を見て、心配でたまらなかった。
清潔な綿布に包んだセリの若芽を、すりこ木で叩き、母は力なく泣く一衛の口元にゆっくりと垂らした。
「けふっ……ぷ……」
「あ、飲んだ!叔母上、一衛が飲みましたよ。」
「ええ。ありがとう、直さま。これで一安心です。」
「良かったねぇ、一衛。お利口にたくさん飲んで、早く元気になるんだよ。」
叔母は思わず目頭を押さえた。
セリを手に入れるのに、何か深い仔細が有ったのに違いないと、気付いていた。
直正の着物は汚れ、口の端には血が滲んでいた。
何も言わない直正がどうやって季節外れの薬草を手に入れたか、叔母が知るのは夫が追鳥狩の演習から帰って来てからの事になる。
*****
直正が苦労して手に入れたセリのしぼり汁が効いたのか、次の朝には一衛の熱も下がって乳を飲み、皆をほっとさせた。
直正を尋ねて来た叔父たちは、朝から機嫌よく酒を酌み交わしている。
話は自然と、直正と養子として会津松平家に入った若殿、容保の事になった。
「お狩場に直正が現れたのを見たときは、さすがにわしも監督不行き届きで蟄居閉門も覚悟したが、大したお咎めもなくほっとしたぞ。」
「まことに、頼母さまの血相ときたらまさに達磨のようであったな。肝が冷えたが、若殿さまの寛大なお心に両家とも救われた。おかげで一衛の熱も下がったし、万々歳だ。皆、そこにいた者は若殿の心映えの爽やかさに震えたぞ。」
「まことに良き御主君じゃ。なぁ、直正。心してお仕えせねばな。」
「はい。」
そう聞いて直正は大きく肯いた。
「そうだ、直正には一衛が世話になった。礼を言うぞ、直正。」
「いいえ、濱田さま。そのように直正を褒めてはなりませぬ。」
酒肴を運んできた直正の母は、ぴしゃりと一言、容赦無くたしなめるのを忘れなかった。
「頼母さまからは、直正を厳しく叱り置いたと聞いておりますよ。直正は子供が足を踏み込んではならぬと言われた場所へ入ったのでしょう?例え、どんな理由が有ろうとも、殿さまの御前を汚すようなことはしてはならぬはずです。良いですね?此度の若殿さまへの御恩は、重々心に留め置くのですよ。」
直正は進み出ると、両親の前に手を付いた。
「父上。母上。直正は若殿さまに頂いた御恩を決して忘れませぬ。日新館に入ったら懸命に勉学と武芸に励み、大人になったらきっと藩の御役に立ってご覧にいれまする。」
「良い覚悟だ。直正ならきっとできるだろうよ。」
「くれぐれも、その気持ちを忘れぬように。」
「はい。必ず、御恩をお返しします。」
*****
直正は隣りの家に行くと、籠の中ですやすやと眠る一衛を見やった。
「叔母上。一衛が大きくなったら、直は若殿さまのお話をしてやります。」
「そうですね。わたくしも一衛に直さまの事を話して聞かせます。」
「直の事ですか?」
「ええ。……よいですか、一衛?決して忘れてはなりませぬ。そなたの命は、直さまが御救い下さったのですよ……。」
叔母は一衛の頬をあやすようにつついた。
本日もお読みいただきありがとうございます。
直正のおかげで一衛は元気になりました。
(〃゚∇゚〃) 「よかったねぇ、一衛♡」
この時代、ちょっとした病気で赤ん坊は命を落としました。
一衛には、生き運があったのでしょうか。(。・”・。)ノ「あい♡」 此花咲耶
追鳥狩のお狩場から、息を切らせて直正が運んできた季節外れのセリに、叔母は驚いていた。
「まあ。こんなにたくさん。直さま、一体どこで捜して来たのですか……。」
「そんなことよりも早く、一衛にしぼり汁を飲ませてやってください。」
「はい。」
叔母は直ぐに台所へ走り、一衛の為の薬をこしらえた。
「一衛。もう少しの辛抱だよ。母上がお薬を作ってくれたら、直ぐに楽になるからね。」
直正はひゅうひゅうと喉の鳴る一衛の様子を見て、心配でたまらなかった。
清潔な綿布に包んだセリの若芽を、すりこ木で叩き、母は力なく泣く一衛の口元にゆっくりと垂らした。
「けふっ……ぷ……」
「あ、飲んだ!叔母上、一衛が飲みましたよ。」
「ええ。ありがとう、直さま。これで一安心です。」
「良かったねぇ、一衛。お利口にたくさん飲んで、早く元気になるんだよ。」
叔母は思わず目頭を押さえた。
セリを手に入れるのに、何か深い仔細が有ったのに違いないと、気付いていた。
直正の着物は汚れ、口の端には血が滲んでいた。
何も言わない直正がどうやって季節外れの薬草を手に入れたか、叔母が知るのは夫が追鳥狩の演習から帰って来てからの事になる。
*****
直正が苦労して手に入れたセリのしぼり汁が効いたのか、次の朝には一衛の熱も下がって乳を飲み、皆をほっとさせた。
直正を尋ねて来た叔父たちは、朝から機嫌よく酒を酌み交わしている。
話は自然と、直正と養子として会津松平家に入った若殿、容保の事になった。
「お狩場に直正が現れたのを見たときは、さすがにわしも監督不行き届きで蟄居閉門も覚悟したが、大したお咎めもなくほっとしたぞ。」
「まことに、頼母さまの血相ときたらまさに達磨のようであったな。肝が冷えたが、若殿さまの寛大なお心に両家とも救われた。おかげで一衛の熱も下がったし、万々歳だ。皆、そこにいた者は若殿の心映えの爽やかさに震えたぞ。」
「まことに良き御主君じゃ。なぁ、直正。心してお仕えせねばな。」
「はい。」
そう聞いて直正は大きく肯いた。
「そうだ、直正には一衛が世話になった。礼を言うぞ、直正。」
「いいえ、濱田さま。そのように直正を褒めてはなりませぬ。」
酒肴を運んできた直正の母は、ぴしゃりと一言、容赦無くたしなめるのを忘れなかった。
「頼母さまからは、直正を厳しく叱り置いたと聞いておりますよ。直正は子供が足を踏み込んではならぬと言われた場所へ入ったのでしょう?例え、どんな理由が有ろうとも、殿さまの御前を汚すようなことはしてはならぬはずです。良いですね?此度の若殿さまへの御恩は、重々心に留め置くのですよ。」
直正は進み出ると、両親の前に手を付いた。
「父上。母上。直正は若殿さまに頂いた御恩を決して忘れませぬ。日新館に入ったら懸命に勉学と武芸に励み、大人になったらきっと藩の御役に立ってご覧にいれまする。」
「良い覚悟だ。直正ならきっとできるだろうよ。」
「くれぐれも、その気持ちを忘れぬように。」
「はい。必ず、御恩をお返しします。」
*****
直正は隣りの家に行くと、籠の中ですやすやと眠る一衛を見やった。
「叔母上。一衛が大きくなったら、直は若殿さまのお話をしてやります。」
「そうですね。わたくしも一衛に直さまの事を話して聞かせます。」
「直の事ですか?」
「ええ。……よいですか、一衛?決して忘れてはなりませぬ。そなたの命は、直さまが御救い下さったのですよ……。」
叔母は一衛の頬をあやすようにつついた。
本日もお読みいただきありがとうございます。
直正のおかげで一衛は元気になりました。
(〃゚∇゚〃) 「よかったねぇ、一衛♡」
この時代、ちょっとした病気で赤ん坊は命を落としました。
一衛には、生き運があったのでしょうか。(。・”・。)ノ「あい♡」 此花咲耶
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