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終(つい)の花 9 

直正は、武道場で汗を流していた。
友人が数人、顔色を変えて雪崩れ込む。

「直さん、大変だ。一衛が泣いている。」
「一衛が?どこで?」
「橋の上だ。台風のせいで水かさが増しているから、子供達は川の方へは行かないようにと言われていただろう?」
「ああ。それなのに何故一衛が?」
「川沿いの畑で、仲間と遊んでいたらしいんだ。それで飛ばしていた竹とんぼが、鶴沼川に落ちたらしい。遊んでいた子たちが知らせに来たんだ。」
「落ちた竹とんぼを追い掛けて、橋の上で足がすくんだのか。」
「大方そうだろう。一衛は幾つだった?」
「5つになったばかりだ。」
「小さい一衛には、すぐ傍まで水が来ていると思うだろうな。早く行ってやらねば。」
「あそこは橋が細いだろう?落ちたら大変だ。」
「すぐ行く。」

話をしながらそこそこに木刀をしまうと、直正は脱兎のごとく走り出していた。
皆が後を追う。
一衛が、ここのところ毎日、竹とんぼを飛ばして遊んでいるのは知っていた。
幾つもこしらえてやったら大喜びで、直正が藩校で学ぶ間、近所の子供たちと仲良く遊んでいると聞いていた。
いつも自分の後ばかりついて来るので、他の友達とうまく遊べない一衛を心配して、何とか友達を作ってやろうと直正なりに考えたのだった。

「一衛の為に作ってくださったの?こんなにたくさん直さまが?」
「そうだよ。わたしが日新館に行ってる間、一人で待っている一衛が寂しくないようにお友達の分もね。父上のように上手にはできなかったが、いくつも作ったから、什の仲間と飛ばしてご覧。」
「ありがとう、直さま。」
「一衛がずっと門の前で待っていると、わたしも気がそぞろになるからね。一衛も他のお友達と仲良く遊んだりお勉強したりしていると思うと、安心して鍛錬に励めるんだ。一緒に遊びましょうと、ちゃんと言えるか?」
「……あい。」

そう言われても、しょんぼりとうつむいてしまう一衛だった。
いつも一緒にいてくれた直正が、私塾ではなく藩校に入ってしまったら、これまでのように一衛とはあまり遊べなくなると、母親からきつく言われていた。

「これまでのように、直さまの御邪魔をしてはなりませんよ?良いですね、一衛。直さまは一衛よりも8つもお年が上なのですから、立派な武士になる為のお勉強がたくさんあるのです。」
「……あい。」
「なんですか、その気の抜けたお返事は。情けない。濱田家の嫡男がそのようなことでどうします。しっかり素読書と寺子屋に通って、直正さまのように、藩のお役にたつ立派な武士にならねばなりません。」
「……っすん……」
「めそめそと泣いてはなりませぬ。直さまがお優しいのを良いことに、いつまでも遊んでもらおうなんて思ってはいけません。わかりましたか?」
「……あい……」

大好きな直正と一緒にいられなくなる。
悲しくて悲しくてたまらなかった。
ぽたりと涙が膝に置いたこぶしに落ちた。

日新館の大きな建物の中には、10歳以上の子供しか入れない。八つも年の差のある直正とは一緒に学ぶ事は許されなかった。
大きな門に阻まれて、それでも帰る頃を見計らって、いつも一衛は門の外にいた。
笑いながら手を上げる直正が一衛の名を呼ぶ。

「一衛。今日も待っていたのか、さあ、帰ろう。」
「あいっ。」

小犬が飼い主の元へ馳せ参じるように、一衛は直正の元に走って来る。
手をつなぐ二人を見て、友人たちがはやした。

「もう子供が出来たのか、直さん。ずいぶんと大きな子供だなぁ。」
「はは……。叔母上にややができると聞いた時、男のややが生まれたら、きっと大切に致しますって神仏にお願いしたんだ。だから、わたしには一衛は大切な弟のようなものなんだ。面倒を見るのは当たり前だ。な、一衛?」
「あい。」

直正の指を二本、きゅっと握り締めて、いつも一衛は遅れまいとして小走りに急ぐ。
その一衛が橋の上で泣いている。




本日もお読みいただきありがとうございます。

。(*/□\*) 。「……あ~ん……」

\(゜ロ\)(/ロ゜)/「直さん、大変だ。一衛が泣いている!」
Σ( ̄口 ̄*) 「一衛が?」

一衛の大切にしている竹とんぼのお話です。
それにしても、書いてて楽しいのだけれど、設定説明とか少なすぎるかなぁ……歴史ものは、このあたりが難しいです。
がんばります。(`・ω・´)   此花咲耶

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