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終(つい)の花 8 

直正はその時の言葉通り、それから後の日々、文武共に懸命に励んだ。
いつか容保の傍に出仕したい一心で、藩校日新館でも飛び級で上へと進み、何度も褒章を受けた。
自慢の息子に、父は目を細めた。
成績優秀者の中から選ばれて江戸遊学も決まったが、直正は熟慮の末、京都守護職を引き受ける事になった藩主と京へ同道する道を選ぶ。
京では推挙されて異例の鉄砲隊の隊長に選ばれ、藩主警護の任に付いている。帝に望まれて催した天覧馬ぞろえでも、華々しく馬上で指揮を執った。

鳥羽伏見の戦の後、会津藩は思い切った軍制改革を断行したが、一衛は入隊するには年が足りず、正規に白虎隊に入ることはできなかった。年の足りない少年達と、予備兵というべき幼少組に入っている。
一衛も、藩主と共に籠城する直正の後を追って鶴ヶ城に入り、懸命に闘った。
その手には旧式のゲベール銃があった。

籠城後、城を明け渡した藩士達は、一時猪苗代の謹慎所に入れられ、そこから江戸の謹慎所へ移送されることになった。謹慎所の直正は、道中脱走することを決め容保の送られた江戸へと向かった。一衛も直正の後を追った。
許されない道行のようにして、二人は手に手を取って雪深い故郷から出奔した。
二人の求めた死に場所は、会津にはなかった。

*****

遠く故郷を離れ、女郎屋の離れで病の床に臥した一衛に、直正は話しかけた。
命の残りは微かで、尽き果てようとしている。

「覚えているか、一衛?まだよちよち歩きの頃から、一衛はいつもわたしの後を追いかけてきたな。」
「あい……。一衛は直正さまの御姿が見えないと言って、泣いたのを覚えています。直さま……一衛の命は直さまが下すったのだと、母上がいつも申しておりました。最期の言葉も、おまえは直さまの背中を追ってお行き、そうすれば道を違える事は無いのだから……と。」
「そう言えば、叔母上はいつも言っていたね。会津の女子らしくお爺様の介錯もされて、見事なご最期だったそうだ。母上のおっしゃった通り、わたしの後を精一杯付いて来たな。」

一衛はいつかのように、懐で直正を見上げた。

「……でも、もう一衛には、直さまの背中を追うのは難しくなりました。すっかり足が萎えてしまいましたから……もうすぐお別れです……足手まといになる前に、どうか直さまの手で……」
「何を言う。一衛は、どこまでもわたしが連れてゆく。足が立たねば背負うてやる。直正は一衛を守ると、神仏に誓いを立てたのだ。いつか懐かしい会津に帰れる日が来る。早く元気におなり。横になるのもつらいなら、こうして支えてやろう。わたしの胸は温かいだろう?」
「直さま……ああ……」

そっと身体を預けた一衛の懐で、油紙に包まれた何かが、カサと小さく音を立てたのに気が付いた。

「それは何だ?」
「これは……ふふっ……覚えておいでですか?直さまが、初めて一衛に作って下さった竹とんぼです。」
「ああ、川に落としたあれか。壊れたものを捨てずに、まだ持っていたのか?」
「一衛の一生の宝物ですから。」
「これをご覧。ほら、指にへこんでいるところがあるだろう?それを削っている時に切ったんだよ。わたしは本当はすごく不器用で、父上のようには上手く作れなかったんだ。一衛が喜ぶからつい嬉しくて、いくつも作ってしまったよ。」

一衛は直正の古傷に唇を寄せた。

「直さまは、いつも一衛のことばかり……どうか、これからは……」

ご自分の為に生きてください……と、一衛の呟いた声は余りに小さくて、直正には聞き取れなかった。
指を伸ばし直正の指に絡めると、そっと傷に唇を寄せた一衛の肩を抱く。

「九州から戻ったら、新しいものを作ってやろうな。さ、咳が収まっている間に、少しでもお休み。」
「あい……」
「一衛……わたしを置いて一人で逝くなよ。」

すぅ……と寝息を立てる一衛の額に、手をやって熱を確かめた直正は、新政府の邏卒として職務に向かうため立ち上がった。
これからしばらくは会えない二人だった。

*****

眠る一衛は、夢の中で流れの速い川に架かる橋の上で泣いていた。
直正に貰った大切な竹とんぼが、夏嵐で増水した激流の渦の中で浮き沈みしている。
手を伸ばしても、届かなかった。

「……あ~ん……直さまぁ……」




本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
まだまだBL(べいびーらぶ)の二人ですが、少しだけその後を切り取りました。
悲しいお話なのですが、切なくて愛おしいお話になるように書いてゆきたいと思います。

(。´・ω`)ノ(つд・`。)・゚「バドエンなんだ……」「仕方ない、時代が時代だからな。」

(*´・ω・)「そうなのよ~。このちんは悪くないの。」

(´・ω・`)「大人になった途端……死にそうな一衛って。」
(´;ω;`) 「……」

がんばれ!  此花咲耶

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