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波濤を越えて 第二章 25 

たち上がるとフリッツはゆうに190センチはあるので、どうしても見下ろす形になる。
正樹の父親は、きつい視線で睨みつけたままだ。

「お聞きしてもいいでしょうか。大学病院での治療は、正樹の為になると思いますか?」
「当然だ。正樹は分家とはいえ、この家の跡取りだ。死んでもらっては困る」
「あなた……正樹の前で、そういう言い方は……」
「最新の治療を受けさせると、決めたんだ。誰が何と言おうと、譲らん」

厳しい口調も、結局は正樹を思っての事なのだとフリッツは理解した。

「わたしは正樹の病院の医師と話をしました。正樹は現在、病状も落ち着いて小康状態だそうです。医師は、正樹が好きなことをして、好きなものを見て、今の状態が長く続くのが一番いいのではないかと言っていました」

フリッツは言葉を重ねた。

「正樹がしたいこともせずに、何もかも諦めて治療したとしても、それは正樹にとって良いことだと思えません。わたしは正樹が自由に生きることを望んでいます」
「……それが正樹の命を縮めることになってもか……」
「正樹のお父さん。お母さん。わたしもお二人と同じ気持ちです。正樹を愛しています。地球上の誰よりも正樹を慈しみ愛してくれたお二人の存在は、わたしにとっては正樹と同じように大切です」
「どこの馬の骨ともわからん奴が、何を言う。大体、西洋人に日本人の何がわかる」
「すべてをわかるとは思いませんが、分からないことは言葉を重ねれば理解できると思っています。わたしの事を、理解してください」

玄関の上り口に、母親はいつしか座ってフリッツの話を聞いていた。いつくしみ育ててきた息子をまっすぐに愛しているという異国の青年。

静かに絵を描いているばかりだった正樹が、こんな風に誰かを愛し、愛される日が来ると実感できる日が来るとは思っていなかった。
どこか寂し気で、同年代の子供の中に居てもその存在は、母の目にも浮いていた。
女性が愛せないと、両親に打ち明けた日から、正樹は自分を責めていた。理解できない両親の庇護から離れ、独りつましく生きていたのは、母親も知っていた。
正樹の時間に限りがあるのなら、自由に生きさせてやりたい、愛する人の腕の中に預けてやりたい……母の願いはフリッツの想いと重なっていた。

「正樹……この方が好きなの?」

三人のやり取りを困ったような顔で、見つめていた正樹が小さくうなずいた。

「うん……フリッツと生きたい……彼は、僕が初めて愛した人なんだ……」




本日もお読みいただきありがとうございます。


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