波濤を越えて 第二章 21
……だけど、負担をかけてしまうとわかり切っているから、もう二度と逢わないと決めた最愛の人。
「……どう……して?」
やっと紡いだ言葉は、それ以上零れ落ちることはなかった。
毎日、夢にまで見た恋人が、変わらぬ笑顔を湛えてそこにいた。
厚い胸に抱きしめられて、呆然とした正樹は現実を受け止められないでいた。ただ、温かい涙だけは静かに青ざめた頬を転がってゆく。
「正樹……可愛い正樹。帰ってきたよ……遅くなってごめんなさい」
「フリ……ッツ……」
涙でかすんだフリッツは、少しやつれたような気がする。故国で正樹の知らない苦労があったのだろうか。
抱きしめられた正樹は、胸に顔を埋めたまま静かに泣いていたが、やがて腕を上げて確かめるように恋人の背に回した。
聞きたいことは山ほどあったが、思いは溢れても言葉にならない。
子供のようにしゃくりあげる正樹の背を宥めるようにあやすように、ぽんぽんとフリッツは指先で叩いた。
どれだけの時間、二人はそうしていただろう。
「正樹……大丈夫。大丈夫……卵、買って来たよ」
「……た……まご?」
唐突にフリッツが何を言いだしたのかわからず、正樹は濡れた瞳を上げた。
「正樹が、コンビニで買ってきてくださいと言ったから、買って来ました」
別れの言葉を言えず、送り出した正樹は確かにそう言った。
だけど、それはずいぶん前の話だ。
「……あ……あはは……っ……おかしい」
「わたしは約束を守ります」
「そうだね。フリッツはいつも正直だった。嘘をついたことなんてなかったね」
「可愛い正樹……すごく心配しました。メールの返事は来ないし、思い切って電話をかけても通じなかった……」
「うん……ごめんね」
「話中悪いんだけど、フリッツ。正樹が心配だから、とりあえず部屋に入らない?」
「はい。……正樹、おいで」
フリッツはひょいと正樹を抱え上げると、荷物のなくなった部屋に入った。
カーテンも二人でくるまった薄い布団もない狭い部屋に、一瞬フリッツの顔が曇る。フリッツにとっても、この古いアパ-トの小さな部屋は正樹と二人で過ごした大切な場所だった。
「もう少し遅かったら、わたしはまた正樹を探しに、方々へ行かなければなりませんでした。連絡をくれてありがとう、田神さん」
「……田神が教えたの?」
「怒るなよ。見ていられなかったんだ」
「ううん。驚いただけ」
田神は正樹が病を得たこと、緊急を要することを医師に相談してメールで送ったらしい。
自分の結婚の報告をするから教えろと、冗談めかして正樹から聞き出したと肩をすくめた。
本日もお読みいただきありがとうございます。
(。´・ω`)ノ(つд・`。)・゚「逢いたかった、正樹」「フリッツ……」
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