セピア色の手帳 2
差し出された手帳にびっしりと書かれたのは、取りとめもない日記のようで、しかも古臭い文体で書かれていて正直意味が分からなかった。
そして、彼の指差す場所に、文字の隣にちいさな丸が打たれているのを認めた。
「この丸の意味を知ったとき、いつかここに来なければと思ったんだ」
「丸の意味?」
「〇のついた字を、一つずつ追ってみて」
「〇のついた文字を、拾うの……?」
「そうだよ」
彼は頷いた。
〇が横に打たれた文字を拾って、続けて読むと文章になっている。
……何となくだけど持ち主の赤裸々な気持がわかる。
げっこうをみあぐるたび、きみをおもふ
きみをまもって、われはゆく
このいのちが、きみがすむくにをまもらば、あなかしこむだじになるとはおもはざる
いつか、きみにあはむ
こずえをわたるかぜになって
はをゆらす、すいてきとなりて
こんじょうにかなわざる、きみへのおもいをひめてわれはうつろふ
うでのなか、しぬなとなきしきみのしんじつのみが、われのみちをてらす
ああ、なつる
きみをだきたい
「那弦?……ぼくのじいちゃんの名だ」
「うん。だからぼくは、君に会いに来たんだ」
いつしか、茶色の出撃用の特攻服を着た回天搭乗員の細い青年が、ぼくに微笑んだ。
ぼくの口が知らない名を呼んだ。
「修一郎!」
青い眼の修一郎が、ぼくをひしとかき抱く。
「那弦、やっと……やっと」
一気に流れ込んだ、過去の記憶。
この束の間の逢瀬が、死ぬ間際に見た夢だったと彼が語った。
「ありがとう。これでやっと往ける」
ふっと微笑んで、軍人は海軍式の敬礼をすると青い眼の青年に戻った。
ばあちゃん、お盆には死んだ人が帰ってくるって本当だったんだね。
ばあちゃんは知らない、じいちゃんの恋だけど、命がけだったんだよ。
きっとね。
「この写真は、君にそっくりだ」
「うん、よく言われる。じいちゃんに似ているって」
「ぼくは、この写真に長いこと恋してきたんだ。この手帳の持ち主の、一途な想いをずっと羨ましいと思っていた。丸のついた字をなぞって、いつしか暗記してしまったんだ」
月光を見上ぐる度、君を想ふ
君を守って、われは逝く
この命が、きみが住む故世を守らば、あなかしこ無駄死になるとは思はざる
いつか、きみに逢はむ
梢を渡る風になって
葉を揺らす、水滴となりて
今生に叶はざる、君への想いを秘めてわれはうつろふ
腕の中、死ぬなと泣きし君の真実のみが、われの道を照らす
嗚呼、那……
「君の名は?」
「那智(なち)」
「那智、ずっと逢いたかった……」
「うん」
じいちゃん、この先、ぼくはどうしたらいい……?
焦がれるほど恋してきた金髪碧眼の名前すら知らないうちに、恋が始まった。
彼が耳元で、最後の一行をささやいた。
「きみを、だきたい」
心臓が跳ねた。
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そして、彼の指差す場所に、文字の隣にちいさな丸が打たれているのを認めた。
「この丸の意味を知ったとき、いつかここに来なければと思ったんだ」
「丸の意味?」
「〇のついた字を、一つずつ追ってみて」
「〇のついた文字を、拾うの……?」
「そうだよ」
彼は頷いた。
〇が横に打たれた文字を拾って、続けて読むと文章になっている。
……何となくだけど持ち主の赤裸々な気持がわかる。
げっこうをみあぐるたび、きみをおもふ
きみをまもって、われはゆく
このいのちが、きみがすむくにをまもらば、あなかしこむだじになるとはおもはざる
いつか、きみにあはむ
こずえをわたるかぜになって
はをゆらす、すいてきとなりて
こんじょうにかなわざる、きみへのおもいをひめてわれはうつろふ
うでのなか、しぬなとなきしきみのしんじつのみが、われのみちをてらす
ああ、なつる
きみをだきたい
「那弦?……ぼくのじいちゃんの名だ」
「うん。だからぼくは、君に会いに来たんだ」
いつしか、茶色の出撃用の特攻服を着た回天搭乗員の細い青年が、ぼくに微笑んだ。
ぼくの口が知らない名を呼んだ。
「修一郎!」
青い眼の修一郎が、ぼくをひしとかき抱く。
「那弦、やっと……やっと」
一気に流れ込んだ、過去の記憶。
この束の間の逢瀬が、死ぬ間際に見た夢だったと彼が語った。
「ありがとう。これでやっと往ける」
ふっと微笑んで、軍人は海軍式の敬礼をすると青い眼の青年に戻った。
ばあちゃん、お盆には死んだ人が帰ってくるって本当だったんだね。
ばあちゃんは知らない、じいちゃんの恋だけど、命がけだったんだよ。
きっとね。
「この写真は、君にそっくりだ」
「うん、よく言われる。じいちゃんに似ているって」
「ぼくは、この写真に長いこと恋してきたんだ。この手帳の持ち主の、一途な想いをずっと羨ましいと思っていた。丸のついた字をなぞって、いつしか暗記してしまったんだ」
月光を見上ぐる度、君を想ふ
君を守って、われは逝く
この命が、きみが住む故世を守らば、あなかしこ無駄死になるとは思はざる
いつか、きみに逢はむ
梢を渡る風になって
葉を揺らす、水滴となりて
今生に叶はざる、君への想いを秘めてわれはうつろふ
腕の中、死ぬなと泣きし君の真実のみが、われの道を照らす
嗚呼、那……
「君の名は?」
「那智(なち)」
「那智、ずっと逢いたかった……」
「うん」
じいちゃん、この先、ぼくはどうしたらいい……?
焦がれるほど恋してきた金髪碧眼の名前すら知らないうちに、恋が始まった。
彼が耳元で、最後の一行をささやいた。
「きみを、だきたい」
心臓が跳ねた。
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