パンドラの夏 3
ションベン小僧に、大事な思い人を横合いから掻っ攫われて、数ヶ月。
何の音沙汰もない所を見ると、全て上手く行ってるのだろう。
嬉しいような、悲しいような。
つまらないような、退屈なような。
元々、夜の世界とは縁の無かった後輩は、今頃ションベン小僧のサッカーの練習を見てやったり、リハビリで忙しいのだろうと、自分を納得させていた。
「木本先輩!」
明るい声で、まだリハビリ途中で松葉杖を手放せないらしい、過去の思い人、元サッカー選手の蒼太が、木本を呼んだ。
「すみません。先輩に何のお礼もできてなくて。世話になりっぱなしだったのに」
すみませんといいながら、その笑顔は夏の花のように眩しいほど明るかった。
「何だ。今日は、ションベン小僧は一緒じゃないのか?」
「先輩と二人で話したかったんで、置いてきました」
「置いてきたって、何かあったのか?」
ん~とね……と、傍に寄って来て、蒼太は頭をかいた。
「なんかね。俺、あんまり男の子同士の恋愛って分からなくて。円は、なんとなく待ってるみたいなんですけど、その……教えてくれませんか?」
「ションベン小僧に、手を出すべきか、もう少し待つべきか?」
くすと、木本が笑った。
「贅沢な悩みだな。さっさと食っちまえ、あんなしょっぱいくそガキ」
「ひどいなぁ……だって、俺、ほんとに円が可愛いんですもん。この間ね、試合のPKを円が外したせいでチームが負けて、わんわん泣いてるときに、ほっぺたに軽くキスしたんですけどね。ずっと泣き止まなくて、大変だったんですよ」
俺が食おうとしたときも、おまえ泣き喚いただろうがと言いたかったが止めにした。
「そういえば、蒼太。俺、おまえにまだこの前の礼をもらってないけど?」
「あ……」
どうやら、蒼太にも自覚はあるらしかった。
「続き、させろよ。少しはそのつもりもあったんだろ?」
大きな目をますます見開いて、視線が泳いだが蒼太は拒まなかった。
自室のソファベッドに、そのまま引き倒して、松葉杖を足で向こうに蹴ってやった。
「あ。杖」
「俺は、用意周到なの。今日こそ逃げんなよ、蒼太」
引き寄せた過去の思い人からは、太陽の匂いがする。
「せ、先輩?前にもいいましたけど、汗かいてて俺、きたな……ん~っ」
「前にも言ったろ。おまえのならチンカスだって食うって」
「そんな……」
全てがいい終わらないうちに、舌を引き抜くようなまるで貪るような深いキスを仕掛けた。
頭の後ろに手を当てて、噛み付くように深く何度も木本の顔が沈む。
「ん……ん……んっっ~!!」
涙目で顔をずらそうとするのをがっしりと掴まえたまま、木本は気配を感じて視線だけをずらした。
泣き濡れた恋敵、ションベン小僧……ではなく、蒼太の想い人、円(まどか)がそこにいた。
「うわっ!何で?」
「蒼……太兄ちゃん……。ぼく……ぼくが子供だから……ちゃんとキスもできないから……こ、この人と?ものた……りなかったの?」
ほろほろと止まらない涙を、拭いもせずにションベン小僧が泣く。
真っ直ぐに泣き濡れた顔を向けていた。
「円」
「ぼくね。この間、保健体育で習ったせ、精通があったの。夢の中でね、蒼太兄ちゃんとえっちした。だから……ちゃんと言おうと思って。蒼太兄ちゃんは、ぼくのことずっと赤ちゃんだと思ってるけど、もう違うよって」
「そんなこと思ってないよ」
木本は、正直頭が痛くなった。
何だ、このションベンくさいおままごとのような会話は?
「他の人と、こんなことしちゃやだぁっ!」
足元に縋りついたションベン小僧を、過去の蒼太は限りなく優しく受けとめた。
「円……いいか?お兄ちゃんが好きなのは、ずっと円だけだよ」
余りの馬鹿馬鹿しさに、発熱しそうな気がする。
「あ~~~!!どうでも良いから、おまえ、早いとこ蒼太兄ちゃんを連れて帰れ。こいつはな、おまえが大事で大事で可愛くてどうしようもないんだよ。今のおまえと大人のキスをしたいけど可愛いから出来ないからって、相談に来たの!わかった?」
「ひっく……」
濡れた瞳でじっと木本を見上げたションベン小僧は、ぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい。ぼく……自信がなかった。サッカーもチームの中で一番下手くそだし……大好きだけど、蒼太兄ちゃんは大人だし」
思いつめた円の様子に、木本は蒼太に告げた。
「ほら。おまえが思っているほど、ションベン小僧は子どもじゃないんだとよ。部屋貸してやるから、やっちまえ」
「やっちまえなんて言ったら、先輩、怒りますよ。すごく大切なんすから。」
ソファベッドに跪いた大切な少年を抱きしめると、そっと額に小鳥のキスを預けて蒼太は立ち上がった。
「帰ろう、円。無理しなくて良いんだよ。お兄ちゃん、円が何より大事なんだ。今まで待ったんだ。いつまでだって待てる」
「蒼太兄ちゃん。円は、蒼太兄ちゃんだけが好き。」
甘い二人を見送って、木本は大きなため息をついた。
「あいつら一回、死ねばいいのに」
最近できた木本の恋人の名前は、過去の思い人と同じ「蒼太」という。
激情をぶつけても、拙い仕草で必死で受けとめようとする、いじらしい年下の恋人だった。
「蒼太……可愛いよなぁ。」
どちらの名前か、区別も付かぬまま口にした。
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何の音沙汰もない所を見ると、全て上手く行ってるのだろう。
嬉しいような、悲しいような。
つまらないような、退屈なような。
元々、夜の世界とは縁の無かった後輩は、今頃ションベン小僧のサッカーの練習を見てやったり、リハビリで忙しいのだろうと、自分を納得させていた。
「木本先輩!」
明るい声で、まだリハビリ途中で松葉杖を手放せないらしい、過去の思い人、元サッカー選手の蒼太が、木本を呼んだ。
「すみません。先輩に何のお礼もできてなくて。世話になりっぱなしだったのに」
すみませんといいながら、その笑顔は夏の花のように眩しいほど明るかった。
「何だ。今日は、ションベン小僧は一緒じゃないのか?」
「先輩と二人で話したかったんで、置いてきました」
「置いてきたって、何かあったのか?」
ん~とね……と、傍に寄って来て、蒼太は頭をかいた。
「なんかね。俺、あんまり男の子同士の恋愛って分からなくて。円は、なんとなく待ってるみたいなんですけど、その……教えてくれませんか?」
「ションベン小僧に、手を出すべきか、もう少し待つべきか?」
くすと、木本が笑った。
「贅沢な悩みだな。さっさと食っちまえ、あんなしょっぱいくそガキ」
「ひどいなぁ……だって、俺、ほんとに円が可愛いんですもん。この間ね、試合のPKを円が外したせいでチームが負けて、わんわん泣いてるときに、ほっぺたに軽くキスしたんですけどね。ずっと泣き止まなくて、大変だったんですよ」
俺が食おうとしたときも、おまえ泣き喚いただろうがと言いたかったが止めにした。
「そういえば、蒼太。俺、おまえにまだこの前の礼をもらってないけど?」
「あ……」
どうやら、蒼太にも自覚はあるらしかった。
「続き、させろよ。少しはそのつもりもあったんだろ?」
大きな目をますます見開いて、視線が泳いだが蒼太は拒まなかった。
自室のソファベッドに、そのまま引き倒して、松葉杖を足で向こうに蹴ってやった。
「あ。杖」
「俺は、用意周到なの。今日こそ逃げんなよ、蒼太」
引き寄せた過去の思い人からは、太陽の匂いがする。
「せ、先輩?前にもいいましたけど、汗かいてて俺、きたな……ん~っ」
「前にも言ったろ。おまえのならチンカスだって食うって」
「そんな……」
全てがいい終わらないうちに、舌を引き抜くようなまるで貪るような深いキスを仕掛けた。
頭の後ろに手を当てて、噛み付くように深く何度も木本の顔が沈む。
「ん……ん……んっっ~!!」
涙目で顔をずらそうとするのをがっしりと掴まえたまま、木本は気配を感じて視線だけをずらした。
泣き濡れた恋敵、ションベン小僧……ではなく、蒼太の想い人、円(まどか)がそこにいた。
「うわっ!何で?」
「蒼……太兄ちゃん……。ぼく……ぼくが子供だから……ちゃんとキスもできないから……こ、この人と?ものた……りなかったの?」
ほろほろと止まらない涙を、拭いもせずにションベン小僧が泣く。
真っ直ぐに泣き濡れた顔を向けていた。
「円」
「ぼくね。この間、保健体育で習ったせ、精通があったの。夢の中でね、蒼太兄ちゃんとえっちした。だから……ちゃんと言おうと思って。蒼太兄ちゃんは、ぼくのことずっと赤ちゃんだと思ってるけど、もう違うよって」
「そんなこと思ってないよ」
木本は、正直頭が痛くなった。
何だ、このションベンくさいおままごとのような会話は?
「他の人と、こんなことしちゃやだぁっ!」
足元に縋りついたションベン小僧を、過去の蒼太は限りなく優しく受けとめた。
「円……いいか?お兄ちゃんが好きなのは、ずっと円だけだよ」
余りの馬鹿馬鹿しさに、発熱しそうな気がする。
「あ~~~!!どうでも良いから、おまえ、早いとこ蒼太兄ちゃんを連れて帰れ。こいつはな、おまえが大事で大事で可愛くてどうしようもないんだよ。今のおまえと大人のキスをしたいけど可愛いから出来ないからって、相談に来たの!わかった?」
「ひっく……」
濡れた瞳でじっと木本を見上げたションベン小僧は、ぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい。ぼく……自信がなかった。サッカーもチームの中で一番下手くそだし……大好きだけど、蒼太兄ちゃんは大人だし」
思いつめた円の様子に、木本は蒼太に告げた。
「ほら。おまえが思っているほど、ションベン小僧は子どもじゃないんだとよ。部屋貸してやるから、やっちまえ」
「やっちまえなんて言ったら、先輩、怒りますよ。すごく大切なんすから。」
ソファベッドに跪いた大切な少年を抱きしめると、そっと額に小鳥のキスを預けて蒼太は立ち上がった。
「帰ろう、円。無理しなくて良いんだよ。お兄ちゃん、円が何より大事なんだ。今まで待ったんだ。いつまでだって待てる」
「蒼太兄ちゃん。円は、蒼太兄ちゃんだけが好き。」
甘い二人を見送って、木本は大きなため息をついた。
「あいつら一回、死ねばいいのに」
最近できた木本の恋人の名前は、過去の思い人と同じ「蒼太」という。
激情をぶつけても、拙い仕草で必死で受けとめようとする、いじらしい年下の恋人だった。
「蒼太……可愛いよなぁ。」
どちらの名前か、区別も付かぬまま口にした。
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