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杏樹と蘇芳(平安) 16 

平安のころの話である。




杏樹が知らずに求めた次郎は、まだ遠く里を見下ろす峠にいた。
思いがけず遅くなり、松明を片手に時折山犬の遠吠えを気にしながら、家路を急いでいた。
この分だと、夜明けごろには館に着くだろう。
杏樹が次郎の名を呼んだ頃、次郎もまた小さく杏樹の名を呼んだ。
「もうすぐじゃ、杏樹。よい便りを持って帰るから、待って居れよ」

閉ざされた奴婢小屋の中では、それぞれが幾度目かの吐精を見ていた。
崩れ落ちた杏樹の華奢な身体の最奥に放った者もあれば、手酷く口淫を求めた挙句、すべて飲み下せと強要した者もいた。
杏樹は壊れた木偶人形のように倒れ込み、小刻みにひくひくと痙攣を繰り返していた。
一晩中、蹂躙され続け、今やただ眼を見開いているばかりの杏樹に向かって、一番年若い者が、絞り出すように最後の白濁を浴びせた。
杏樹の口の端に、飲み込めなかった滴がとろりと垂れた。
浅く胸が上下しているのが、まだ息のある証しだった。
今や、目の焦点すら合っていない。
「山椒大夫さまに向かって、神仏の加護の話などするから、こういう目に遭ったのだぞ」
「十数年前に戦に巻き込まれ死んだ、奥方と和子様が生きておられた頃には、お館さまは近在の国主の誰よりも信心深かったのだ。これに懲りたら以後は、口を慎むことだな」
ふっと意識を取り戻した杏樹の喉がひゅっと鳴り、やっと小さな嗚咽が漏れた。
わが身の不幸に泣けるのだろうと、何も知らぬ奴婢頭共は、倒れた杏樹の上からせめてもと剥いだ着物を掛けてやり、夜明けとともに仕事の段取りをつけに出て行った。
粗末な弁当と水を竹筒に入れ、男たちは萱を刈り、塩を汲んだ。
ずっと変わらぬ毎朝の様子だった。

「お~い!帰ったぞ。」
次郎の帰りに皆、顔を見合わせそそくさと仕事に立とうとする。
「杏樹の姿が見えぬようだが?」
一番聽かれたくないことを聞かれた奴婢が、思わず視線を外した。
「杏樹はと聞いておるのだが、聞こえなかったか?杏樹はどこだ?」
口ごもるようにして、屋敷から離れて立つ奴婢の小屋を指した。
その雰囲気にただならぬものを感じ、次郎は急ぎ小屋に入った。
むっと、草いきれにも似た栗の花房の匂いが鼻をつく。
薄暗い部屋にそっと入って、足元に見覚えのある薄い桜色の着物が広がっているのを認めた。
「杏樹……まさか……?」
「じ、ろ……さ……」
酷くかすれた小さな声で、杏樹が次郎へと震える指を伸ばした。
「この有様は……いかがしたのだ?わしの留守に、いかがした、杏樹……」
そっと着物を剥いで余りの痛ましさに、次郎ははらはらと無言で涙を零し、抱きしめた杏樹の丸い肩にぽたぽたといくつも涙の粒が転がってゆく。
体中に受けた蹂躙の傷は痛ましかった。
「可哀想に……杏樹。そなたに告げることがあったのに、これでは何も言えぬではないか……」
「次郎さ……ま。杏樹は、生きておりますよ……?お会いしたかった、次郎さ……ま」
次郎はすぐさま奴を捕まえ、湯を沸かしてくるようにと言い付けた。
井戸端で片膝の上に抱え上げ、身体を確かめるように拭いてやった。
酷い傷だったが、心配をかけるまいとして杏樹は次郎に笑ってさえ見せたのだ。
閉じかけた肉筒にそっと指を忍ばせ、放たれた精を掻き出すうちに次郎はとうとう咽んだ。
「お前をこんな目に合わせたのは、兄上なのだろう?大方、兄上が俺の留守の間に、奴婢頭にそなたをくれてやったのだろうな。俺は、奥州まで足を延ばしてお前の事を調べて来たのだ。捨て子だった杏樹には、己の出自が薄々わかっていたのだろう?」
「はい。次郎さまのお話を聞いたときに。……川べりで奥方様の遺骸が見つかったとおっしゃった時、きっと奥方が長持ちの中に赤子を隱し、水に流したのだと思いました」
「杏樹。赤子の背には、お前と同じ花弁の容の痣がいくつも散っていた」
「はい。次郎さま」
亡き義姉に似た、うりざねの美しい面で杏樹は次郎に笑いかけた。







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