アンドロイドSⅤは挑発する 13
心がざわつくのは、きっと自分の良心がとがめているせい……とわかっていた。
乱れた髪をかき上げながら、腫れた目を隠すように大きなサングラスをかけたあっくんは、約束の時間よりも数時間も早く到着して、マルセル・ガシアンを驚かせた。
「わたしのヴィーナス。どうしたんだい?撮影機材も、まだ搬入されていない時間だよ。綺麗な蜂蜜色の髪にブローもしないで……何かあったのかい?」
「マルセル……に逢いたかったの……え~ん……」
「おやおや、下手な嘘だね。わたしの胸で泣くなんて、音羽と何かあったのかな?おいで、目元の腫れをケアしてあげよう」
「ん……」
世界的に有名なデザイナーでもあり、腕の良いエステシシャンでもあるマルセル・ガシアンは自分の控室に連れてゆくと、背もたれのある椅子に、あっくんを座らせると、シートを倒してリンパマッサージを始めた。
マルセル・ガシアンの魔法の指が、頑なな心もほぐしてくれるようだ。
「落ち着いた?打ち明けてみるかい?」
「笑わない?」
「わたしのヴィーナスを?まさか。心から崇拝しているよ」
「……音羽の隣に、ぼくの居場所がなくなる気がしたの……ショーくんに悪気はないと思うのだけど、気が付くと音羽の傍に居るの……意地悪しちゃった……謝らなきゃ」
長いまつげが濡れていた。
幼いころ、酷くみっともなかったあっくんが、長い時間をかけて、やっと得た最愛の人の隣。
あっくんと共に世界を目指してきたマルセル・ガシアンは、生まれた時から何の苦労もせずに美しかったと誤解され、周囲に妬まれ続ける厚志の努力を間近で見て知っていた。
美貌の兄と比べられ、血のつながりがないと、心無く目前で揶揄されるほど醜かったあっくんは、血のにじむような努力を重ねて、世界中が羨望する美の化身になったのだ。
「心配しなくていい。誰もわたしのヴィーナスが意地悪だなんて思っていないよ。いつだって君は懸命に音羽を愛しているだけだ。これほど愛されている鈍い東洋人が、時々殺したいほど妬ましくなるけどね」
「マルセル……」
マルセル・ガシアンはそっと覆いかぶさると、傷心のあっくんに深いキスをした。
下肢に伸ばした手が、ゆっくりとあっくんの容をなぞった。
深い翠の瞳が、三日月の形になって、目じりからぱたぱたと雫がこぼれ落ちる。
「困ったね。せっかくのチャンスなのに、こんなに無防備だと襲えないじゃないか」
一方音羽は、アンドロイドと二人、家に取り残されて、困っていた。
何度、Tシャツを着せようとしても、パンツを履かせようとしても、頑と拒んでうまくいかない。
アンドロイドにとって、契約した主人の命令は絶対だった。
「必要ありません。わたしはこのままで、外にいます。それがご主人様の望みですから」
「違うよ、ショーくん」
冗談だったのだから、服を着てと言っても、ショーくんは頑として首を縦にはふらない。
「困ったな。あっくんは、出かけたままだし。このまま外に出られても困るから僕がシャットダウンするしかないか……。身体に不具合が出なければいいけど……大丈夫かな」
黒曜石の濡れた瞳は、不安げにじっと音羽を見つめていた。
「わたしのご主人様は、いつお帰りになりますか?」
「……そうだね。時間を告げずに行ったから、後でメールをしてみよう。ショーくんはあっくんの事が好きなんだね」
「はい。わたしは生まれる前から、ずっとご主人様に恋をしていました……」
「生まれる前から?それはアンドロイドになる前ってこと?」
ショーくんはそれには答えずに、珍しく花のように笑った。
驚くほど透明な、綺麗な笑顔だったんだよ……と、のちに音羽はあっくんに話して聞かせた。
家庭用のお手伝いロボットとして、音羽の家にやってきて以来、アンドロイドはあっくんと上手く馴染めないでいるのを、気にして沈んでいるようだった。
アンドロイドを返品したいというあっくんと、話をしようと音羽は約束していたが、互に多忙なこともあり、まだできないでいた。
帰りを待ったが、結局あっくんはその夜遅くなっても帰宅せず、仕事が長引いているという短いメールだけが届いた。
「ショーくん。困ったね。あっくんは今日も帰りが遅いようなんだ。シャットダウンは僕がするから、ここにおいで」
「はい……」
音羽は、アンドロイドSⅤを抱きしめると、シャットダウンの言葉を唱えた。
「……愛している」
「ご主人様……愛しています……永遠に……」
「ショーくん?これまで、そんなこと何も言った事なかったのに?」
ぱたり……
機能の全てを停止して、アンドロイドSⅤは深い眠りについた。
二度とその瞳が瞬くことはなかった。
(; ・`д・´) 「ま……まさか」
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乱れた髪をかき上げながら、腫れた目を隠すように大きなサングラスをかけたあっくんは、約束の時間よりも数時間も早く到着して、マルセル・ガシアンを驚かせた。
「わたしのヴィーナス。どうしたんだい?撮影機材も、まだ搬入されていない時間だよ。綺麗な蜂蜜色の髪にブローもしないで……何かあったのかい?」
「マルセル……に逢いたかったの……え~ん……」
「おやおや、下手な嘘だね。わたしの胸で泣くなんて、音羽と何かあったのかな?おいで、目元の腫れをケアしてあげよう」
「ん……」
世界的に有名なデザイナーでもあり、腕の良いエステシシャンでもあるマルセル・ガシアンは自分の控室に連れてゆくと、背もたれのある椅子に、あっくんを座らせると、シートを倒してリンパマッサージを始めた。
マルセル・ガシアンの魔法の指が、頑なな心もほぐしてくれるようだ。
「落ち着いた?打ち明けてみるかい?」
「笑わない?」
「わたしのヴィーナスを?まさか。心から崇拝しているよ」
「……音羽の隣に、ぼくの居場所がなくなる気がしたの……ショーくんに悪気はないと思うのだけど、気が付くと音羽の傍に居るの……意地悪しちゃった……謝らなきゃ」
長いまつげが濡れていた。
幼いころ、酷くみっともなかったあっくんが、長い時間をかけて、やっと得た最愛の人の隣。
あっくんと共に世界を目指してきたマルセル・ガシアンは、生まれた時から何の苦労もせずに美しかったと誤解され、周囲に妬まれ続ける厚志の努力を間近で見て知っていた。
美貌の兄と比べられ、血のつながりがないと、心無く目前で揶揄されるほど醜かったあっくんは、血のにじむような努力を重ねて、世界中が羨望する美の化身になったのだ。
「心配しなくていい。誰もわたしのヴィーナスが意地悪だなんて思っていないよ。いつだって君は懸命に音羽を愛しているだけだ。これほど愛されている鈍い東洋人が、時々殺したいほど妬ましくなるけどね」
「マルセル……」
マルセル・ガシアンはそっと覆いかぶさると、傷心のあっくんに深いキスをした。
下肢に伸ばした手が、ゆっくりとあっくんの容をなぞった。
深い翠の瞳が、三日月の形になって、目じりからぱたぱたと雫がこぼれ落ちる。
「困ったね。せっかくのチャンスなのに、こんなに無防備だと襲えないじゃないか」
一方音羽は、アンドロイドと二人、家に取り残されて、困っていた。
何度、Tシャツを着せようとしても、パンツを履かせようとしても、頑と拒んでうまくいかない。
アンドロイドにとって、契約した主人の命令は絶対だった。
「必要ありません。わたしはこのままで、外にいます。それがご主人様の望みですから」
「違うよ、ショーくん」
冗談だったのだから、服を着てと言っても、ショーくんは頑として首を縦にはふらない。
「困ったな。あっくんは、出かけたままだし。このまま外に出られても困るから僕がシャットダウンするしかないか……。身体に不具合が出なければいいけど……大丈夫かな」
黒曜石の濡れた瞳は、不安げにじっと音羽を見つめていた。
「わたしのご主人様は、いつお帰りになりますか?」
「……そうだね。時間を告げずに行ったから、後でメールをしてみよう。ショーくんはあっくんの事が好きなんだね」
「はい。わたしは生まれる前から、ずっとご主人様に恋をしていました……」
「生まれる前から?それはアンドロイドになる前ってこと?」
ショーくんはそれには答えずに、珍しく花のように笑った。
驚くほど透明な、綺麗な笑顔だったんだよ……と、のちに音羽はあっくんに話して聞かせた。
家庭用のお手伝いロボットとして、音羽の家にやってきて以来、アンドロイドはあっくんと上手く馴染めないでいるのを、気にして沈んでいるようだった。
アンドロイドを返品したいというあっくんと、話をしようと音羽は約束していたが、互に多忙なこともあり、まだできないでいた。
帰りを待ったが、結局あっくんはその夜遅くなっても帰宅せず、仕事が長引いているという短いメールだけが届いた。
「ショーくん。困ったね。あっくんは今日も帰りが遅いようなんだ。シャットダウンは僕がするから、ここにおいで」
「はい……」
音羽は、アンドロイドSⅤを抱きしめると、シャットダウンの言葉を唱えた。
「……愛している」
「ご主人様……愛しています……永遠に……」
「ショーくん?これまで、そんなこと何も言った事なかったのに?」
ぱたり……
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二度とその瞳が瞬くことはなかった。
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