アンドロイドSⅤは挑発する 4
翌日から、アンドロイドは家事を引き受け、音羽とあっくんは、玄関先で熱いキスを贈りあい、抱擁を交わすとそれぞれの仕事先へと向かった。
音羽は勤務先の病院へ向かい、あっくんには、来年のカレンダーの撮影が入っていた。
「わたしのヴィーナス」
世界的デザイナー、マルセル・ガシアンはあっくんの事をそう呼んだ。
「さあ。始めよう」
マルセルの指示で、次々とポーズを決めるトップモデルのATUSHI(あっくん)は、薄絹だけをまとい、まるで額縁の中で黄金色の長い髪をなびかせるボッチチェルリのヴィーナスのようだった。
マルセル・ガシアンのドレスが、まるで魔法をかけるように、あっくんを天使から堕天使へと変えてゆく。
「ため息が出るほど綺麗だ、わたしのヴィーナス。君の姿を見ているとわたしの作るドレスなど、無駄な装飾でしかないと思うよ。この美しい姿を、音羽だけが手に入れて……毎日あんなことや、こんなことをしているなんて、考えただけで嫉妬で目がくらみそうだ。う~、腹立つ」
「うふふ~、だって、ぼくは丸ごと全部、音羽のものだから」
長い睫毛をけぶらせて嫣然と微笑むあっくんの、ぺったんこの胸元には、繊細な黒のカットワークレースをあしらったキャミソールが張り付いていた。メイクを施し高いヒールをはいて頭を上げ、カラスの羽でできた玉虫色に光るドレスの長い裾を引く姿はまるで異端の国に嫁ぐ花嫁のようだ。
頭からかぶった黒いチュールレースは、漆黒の花嫁をイメージしているんだと、マルセル・ガシアンはあっくんのメイクをする女性に、もう少しアイラインをきつく入れるようにと注文を付けた。
「わたしのヴィーナス。さぁ、白い王を篭絡して見せて。世界は君のものだ」
足元に縋りつく王を一瞥した黒の女王は、やがて黒衣を脱ぎ捨てると、春の女神プリマヴェーラへと姿を変えた。
一枚の薄絹だけをまとったあっくんの姿を、ファインダー越しに見つめていたカメラマンが、ごくりと息を呑んで、撮影を忘れた。
事実を知ったマルセル・ガシアンが、飛び蹴りと共に、解雇するとヒステリックに叫び激怒するのを、あっくんは、いつものように最高の賛辞でたしなめた。
「仕方がないよ。考えてみて?マルセル・ガシアンのドレスは、ぼくを世界で一番美しく見せてくれるんだもの。彼を叱るのなら、このドレスを作った人も一緒に罰するべきじゃない?そうなると、大好きなドレスが着れなくなって、ぼくはとても悲しい……」
そう言われて、結局マルセル・ガシアンは怒りを鎮め、首がつながった安堵に感涙したカメラマンは、あっくんの大ファンになった。
「そういえば、わたしのヴィーナス。君の所にお手伝いロボットが来たそうだけど?」
「もう知っているの?どうして?」
「音羽からメールをもらったんだ。これから家事はお手伝いロボットがするから、仕事を優先してくれてもいいって。何しろ、君は自分の事よりも、いつも音羽の事を優先してしまうだろう?これから仕事が山積みだから、わたしとしても喜ばしい限りだね。キッチンナイフで指先を傷つけたり火傷をすることも無くなるわけだ」
「……う……ん」
「何か心配な事でも?」
「そうじゃないの。ただ、ぼくは音羽に何もしてあげられなくなるのが、少し悲しい……」
むしろ、何もしない方が音羽的にはありがたいはずなのだが、あっくんは気づいていない。
マルセル・ガシアンは辛うじて吹き出すのを堪えた。
本人は、常に甲斐甲斐しく音羽の世話を焼いていたいようだ。
たぶんすごく迷惑な話だけど。
本日もお読みいただきありがとうございます。(*´▽`*)
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音羽は勤務先の病院へ向かい、あっくんには、来年のカレンダーの撮影が入っていた。
「わたしのヴィーナス」
世界的デザイナー、マルセル・ガシアンはあっくんの事をそう呼んだ。
「さあ。始めよう」
マルセルの指示で、次々とポーズを決めるトップモデルのATUSHI(あっくん)は、薄絹だけをまとい、まるで額縁の中で黄金色の長い髪をなびかせるボッチチェルリのヴィーナスのようだった。
マルセル・ガシアンのドレスが、まるで魔法をかけるように、あっくんを天使から堕天使へと変えてゆく。
「ため息が出るほど綺麗だ、わたしのヴィーナス。君の姿を見ているとわたしの作るドレスなど、無駄な装飾でしかないと思うよ。この美しい姿を、音羽だけが手に入れて……毎日あんなことや、こんなことをしているなんて、考えただけで嫉妬で目がくらみそうだ。う~、腹立つ」
「うふふ~、だって、ぼくは丸ごと全部、音羽のものだから」
長い睫毛をけぶらせて嫣然と微笑むあっくんの、ぺったんこの胸元には、繊細な黒のカットワークレースをあしらったキャミソールが張り付いていた。メイクを施し高いヒールをはいて頭を上げ、カラスの羽でできた玉虫色に光るドレスの長い裾を引く姿はまるで異端の国に嫁ぐ花嫁のようだ。
頭からかぶった黒いチュールレースは、漆黒の花嫁をイメージしているんだと、マルセル・ガシアンはあっくんのメイクをする女性に、もう少しアイラインをきつく入れるようにと注文を付けた。
「わたしのヴィーナス。さぁ、白い王を篭絡して見せて。世界は君のものだ」
足元に縋りつく王を一瞥した黒の女王は、やがて黒衣を脱ぎ捨てると、春の女神プリマヴェーラへと姿を変えた。
一枚の薄絹だけをまとったあっくんの姿を、ファインダー越しに見つめていたカメラマンが、ごくりと息を呑んで、撮影を忘れた。
事実を知ったマルセル・ガシアンが、飛び蹴りと共に、解雇するとヒステリックに叫び激怒するのを、あっくんは、いつものように最高の賛辞でたしなめた。
「仕方がないよ。考えてみて?マルセル・ガシアンのドレスは、ぼくを世界で一番美しく見せてくれるんだもの。彼を叱るのなら、このドレスを作った人も一緒に罰するべきじゃない?そうなると、大好きなドレスが着れなくなって、ぼくはとても悲しい……」
そう言われて、結局マルセル・ガシアンは怒りを鎮め、首がつながった安堵に感涙したカメラマンは、あっくんの大ファンになった。
「そういえば、わたしのヴィーナス。君の所にお手伝いロボットが来たそうだけど?」
「もう知っているの?どうして?」
「音羽からメールをもらったんだ。これから家事はお手伝いロボットがするから、仕事を優先してくれてもいいって。何しろ、君は自分の事よりも、いつも音羽の事を優先してしまうだろう?これから仕事が山積みだから、わたしとしても喜ばしい限りだね。キッチンナイフで指先を傷つけたり火傷をすることも無くなるわけだ」
「……う……ん」
「何か心配な事でも?」
「そうじゃないの。ただ、ぼくは音羽に何もしてあげられなくなるのが、少し悲しい……」
むしろ、何もしない方が音羽的にはありがたいはずなのだが、あっくんは気づいていない。
マルセル・ガシアンは辛うじて吹き出すのを堪えた。
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