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明けない夜の向こう側 第三章 2 

久しぶりの休日。
今は、ほとんど寝台にいるしかない郁人を見舞って、櫂は扉を叩いた。

「どうぞ。ああ、櫂くん……帰っていたのか」

郁人を診察する望月は、今や親しげな視線を向けるようになっていた。
櫂は印南教授の意見や新しい技術、薬の名などを惜しみなく望月に伝えるようにしている。
町医者レベルの望月には、櫂のもたらす新しい情報は、喉から手が出るほど必要な物ばかりだった。

「望月先生。郁人の様子はどうですか?」

「あまりよくないね。貧血は続いているし、血圧も高い」

「そうですか。新しい血液が必要だったらいつでもおっしゃってください。体育系の友人に頼んであります。すぐに、召集をかけられますから」

「近々、頼むことになりそうだよ」

望月医師にとって大量の新鮮な血液を用意するのは、かなり難儀な事だった。櫂の存在は、頼もしい存在になっている。

「こんにちは。郁人、具合はどう?」

少しづつ、病気が進んでいるのは一目瞭然だった。
白く膨らんだ、浮腫の丸い顔に触れて耳を近づけると、郁人は悲し気に打ち明けた。

「櫂お兄さま……郁人は毎日、お注射ばかりなの……」

むくんだ顔からは想像もできないほど細い腕には、注射痕がいくつもあり青く痣になっていた。
味付けのない食事が続くせいで、食も細くなっていた。

「そうか。可哀想にね……。お兄さまが、早く立派なお医者さまになるから、いい子で待っているんだよ」

「陸お兄さまも、そう言うの。でも……」

櫂はそっと手を伸ばしてさりげなく、郁人の足に触れた。
指の腹で押された場所は、弾力がなくそのままへこんだままになっている。以前に、由美子が倒れた頃の状態に近いと、望月は櫂に打ち明けた。
入院させる時期は近いだろうと、櫂も思う。
治療が遅れれば、命とりになるかもしれない。

「櫂お兄さま。あのね……お願いがあるの」

「ん?」

周囲からの情報を遮断しているせいか、郁人は最初に出会った頃のように子供っぽかった。
与しやすい今の望月に、櫂は提案をした。

「少しの間、郁人を庭に連れ出してもいいですか?」

「陽のある間ならいいだろう。だが、余り興奮させないように」

「気を付けます」

車椅子が運び込まれ、厚手の上着を着せられた郁人が櫂に手を伸ばした。

「……だっこ」

振り向いて望月の様子を窺うと、諦めたように肩をすくめた。

「もう大きいから、抱っこは無理だな。おんぶしてやろう。おいで」

嬉し気に手をまわす白い手が、貧血の酷さを物語っていた。

「陸はどこにいるのかな?」

「うさぎ小屋。あのね、カイとリクに赤ちゃんが生まれたの。とてもかわいいの」

「なんだ、郁人の兎って、番(つがい)だったのか」

体力低下でアレルギーを起こすといけないので、唯一の友人だった小さな兎も取り上げられて、郁人は悲しげだった。兎は今、庭の隅にある檻に入れられている。
時折、陸が赤ちゃん兎を庭に連れ出して、窓の下でクローバーやタンポポの葉を食べさせているのを見せてくれると、郁人は背中で揺られながら話をした。

「にいちゃ!」

鳴澤家で飼っている動物の世話をしていた陸が、麦わら帽子を振った。

「郁人も来れたのか。……ああ、にいちゃが一緒だから先生が許してくれたんだな」

「うん」

「良かったな、郁人。ほら、うさぎも元気にしているぞ」

「可愛い」

郁人は声を弾ませた。

陸は定期健診という名目で、時々、大学病院にいる櫂を訪ねてくる。
印南教授に会わせたくて、櫂が陸を呼んだのだった。
その後、自室に軟禁されていた陸について、望月医師に印南教授から直接意見をしてもらったので、以前と同じように家の中では自由に行動できていた。
望月医師には、健康な体の陸が、部屋に隔離されるのは好ましくない、かえって違う病気を引き起こす起因となると教授は伝え、それは鳴澤にも最上家令の口から伝わった。
だが、学校に戻りたいという一番の希望は聞き入れられなかった。
それでも家の中では、普通に暮らせるようになり、家庭教師をつけて貰って勉強もできるようになった。

施設にいた時のように動物の世話をしながら、陸は心の安らぐ居場所を見つけたようだ。
笑顔の戻った陸に、櫂はほっとしていた。
出来るだけ早く、陸が望むような生活をさせてやりたいと思う。




陸は元気に暮らしています。
櫂の望は、それだけ……なんですけどね。

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